サピエンスの揺り籠 第十一回「成長への信用」 ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』より
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 ある人が銀行を始める。そこに建設業者が一億円預金する。パン職人がその銀行から開店のため一億円を借りようとする。その将来性を信頼した銀行は一億円を融資して、パン職人の口座へ入れる。パン職人は前出の建設業者に店の建設を依頼し、建設業者の口座へ借りた一億円を振り込む。この時、建設業者の口座には二億円が入っている。しかし、この銀行に実際にある現金は一億円だけ。  資本主義社会では、このような架空のお金を「信用」と呼びます。銀行は実際に所有する現金以上の額を、利子をつけて返済できる様々な個人や企業に貸すことで、実際の何倍もの架空のお金「信用」という虚構を生み出しているのです。  近代ヨーロッパは、科学革命が示す「進歩」と帝国主義が示す「拡大」を根拠に、「成長」という新しい信仰を創造しました。経済学者アダム・スミスは一七七六年に出版した『国富論』で、「利益を得た起業家がその利益を投資に使い、人を雇って更に利益を増すことが、全体の富と繁栄を生む」と論じていますが、科学と帝国への投資が、その進歩と拡大という利益を生み、資本主義への信仰を強めたのでした。  きっかけは、コロンブスなど探検家への投資でした。新大陸や新航路の発見は、植民地の拡大と富の獲得をもたらし、冒険や征服事業への更なる投資がなされ、スペインとポルトガルの大帝国が誕生しました。その後、オランダがこれを抜いて海上帝国を作り、イギリスが更にそれを抜いて、フランスと競いながら大英帝国を築きます。これらヨーロッパの帝国は、税と略奪に依存したアジアの帝国に対し、信用制度や株式制度に基づく資本家の投資に依存したため、はるかに多くの資金に恵まれたのでした。また、征服事業を実際に請け負っていたのは国家ではなく、東インド会社などの民間企業であり、イギリスがインドなど植民地を直接統治したのはずっと後のことでもありました。  資本主義を飛躍させたのは、一七世紀イギリスに始まる産業革命です。それは、今まで化学的なエネルギーの変換を、食物を筋力に変える肉体に頼っていた人類が、蒸気機関によって熱をエネルギーに変換する術を身につけた革命でした。その後、石炭、石油、電気、原子力、バイオエネルギーなど、科学は新たなエネルギーを発見し、またアルミニウムやプラスチックなど新たな材料も発見し続け、農作物や家畜の命も増産し続けているため、その限界は知識の限界に過ぎなくなりました。  全利益を投資に回す資本主義はある意味で禁欲的宗教ですが、それは無限にエネルギーと材料を浪費する消費主義と裏表の関係で今この瞬間も回転しています。
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Published 08/14/23
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Published 08/14/23
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