倫理記号の恣意性⑤効率・自由 vs 道徳・公平、『歴史の終わり』と民主主義vsAI独裁主義、ヴィットゲンシュタインの『論理哲学論考』、ゲーデルの不完全性定理、ジョン・スチュアート
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 ポンペオ米国務長官が七月二十三日に、中国の人権抑圧・領土拡張・経済的不公正と、その理念的基盤であるマルクス・レーニン主義に対し、宣戦布告とも解釈できる演説を行ったことで、新型コロナウィルスで混乱の中にある世界は新冷戦時代へ突入することになりました。現代の世界には、エリート階級が政策決定の権限を独占する体制と、自由と民主主義を標榜する体制の二種類の国家に分類することができますが、中国は前者、アメリカは後者の正義を代表する国家だと言えるでしょう。  しかし、中国の不正義を糾弾したポンペオ氏のアメリカの中にも相矛盾する複数の正義があり、必ずしも一枚岩とは言えません。自由と民主主義を標榜する社会の正義の一つには、最大多数の最大幸福を目指して経済的効率性を高めようとする功利主義や、他者の権利を侵害しない限りあらゆる個人の自由を認めるべきだと考えるリバタリアニズム≪自由至上主義≫があります。  例えば、アメリカの軍隊ではベトナム戦争まで徴兵制が実施されていましたが、全国民が兵役の義務を持ち国家の防衛に責任を負うべきだという考え方に対して、功利主義やリバタリアニズムはそれぞれの立場で異議を唱え、金銭を支払って兵役の義務を他者に代行させるという南北戦争時代の制度の正当性を主張します。   まず功利主義は、金銭を支払う者はそれによって兵役を回避するという利益を得るし、兵役を代行する者はそれによって金銭という利益が得られるため、双方の幸福が最大化されていると言います。またリバタリアニズムは、双方が自分の意思で多額の金銭を支払ったり、兵役を代行したりしている以上、この制度は自由の原理に適合していると言います。  その一方で、アメリカには両者の主張に対する反論もあります。その一つは、「兵役は国民が平等に負うべき義務であり、民主主義国家においては、あらゆる階層の人々とその愛する伴侶や子供や孫の全てが戦場に行かなければならない可能性があればこそ、政策決定者も簡単には戦争を起こせないのだ」というものです。平等な兵役こそ戦争を防ぎ平和を守るという論理です。イラク戦争では、戦場に赴いた志願兵の多くが低所得者層で、戦争を主導した政治家など富裕層の割合は低かったという事実があります。兵役の平等が崩れた社会は戦争を起こしやすい一面があるのです。また、兵役代行を引き受ける者の多くが金銭的に貧しい階層出身だという事実は、徴兵回避が貧しい者を奴隷的拘束に置くのと同じ状態になることを示しており、自由の原理にも矛盾しています。  経済効率や自由という正義と、道徳や公平という正義が、ここに対立しているのです。
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Published 08/14/23
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Published 06/22/23