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「失礼します。」
ドアをノックしそれを開くと、そこには革張りの椅子に身を委ね、何かの雑誌を読んでいる加賀の姿があった。
「ああ山県支店長。お疲れさまでした。」
労いの言葉をかけた加賀は常務室の中央に配される応接ソファに座るよう、山県に言った。
「マルホン建設とドットメディカルの提携話をまとめてくれて助かりました。」
山県はソファに座り、何やら照れ臭そうな表情をして軽く頭を下げた。
「何を仰います。常務がドットメディカルに働きかけなかったら、こんな芸当はできませんよ。私のような一支店長の身ではまとめきれません。」
「ははは。」
「常務は一色と連絡は取れましたか。」
加賀は立ち上がって窓際に立ち、険しい顔をして外を眺めた。
「…いや。ダメだ。」
「…そうですか…。」
「…もうダメかもな…。」
山県は加賀の言葉には返事をせず両手で頭を抱えてうなだれた。
「警察が総動員であいつの行方を追っているが、手がかりが全くないそうだ。」
「…と言うと。」
加賀は振り向いた。
「あいつは俺がここに赴任する前、俺にこう言っていた。何かのことがあって連絡が途絶えたら、構わず役割を完遂してくれと。」
「…何か…ですか…。」
加賀は頷いた。
「はぁー。」
山県はまたもうなだれた。
その様子を見て加賀は横に座って彼の肩を叩いた。
「大丈夫だ、一色は必ず何処かで身を潜めている。だから望みを最後まで持とう。 なんてあなたには無責任なことは言えない。最悪の事態を想定するときだ。」
山県は返事をしない。
「止むを得ない。あいつは立派に戦った。だから俺らは俺らの役割を果たしてあいつの意思に報いよう。」
山県は両手で顔を何度かこすって面を上げた。彼の瞳には拭いきれない涙が湛えられ、顔は紅潮していた。
「常務…。この企ての終着地点は一体なんなんですか。」
「支店長…。」
「私はあいつが言っとった通りにマルホン建設の役員の総取っ替えをやりました。これであの会社は仁熊会と手切れができるでしょう。私の役目はこれで終わりです。この先、あの周辺の関係者の悪事が世の中に知れ渡って、相応の制裁が課せられなければなりません。この先には一体何があるんですか。」
加賀は切実な表情をする山県を直視できなかった。
「あいつは世直しのために自分の身を犠牲にしたんです。命ほど尊いものはこの世にはありません。その対価は一体なんなんですか。」
「支店長。全ては明日わかる。」
「明日?」
「明日、全てが終わる。」
「根拠は。」
「一色は言っていた。3日でケリをつけると。俺やあなたに決行の指令が出たときから今日で2日。」
「しかしあいつ自身が死んだ可能性がある今、その予定は有効だとは思えません。」
加賀は立ち上がって再び窓から外を見た。
「山県支店長。あなたは歴史に造詣が深いと聞いています。」
「常務。話をはぐらかさないで下さい。」
「死せる孔明。生ける仲達を走らす。という言葉をご存知でしょう。」
「死せる孔明。生ける仲達を走らす…。」
「希代の天才軍師を引き合いに出すのはどうかと思いますが、一色という男は負ける戦をしない男です。必勝のための二重三重の策をうって攻め込む男です。おそらく