Episodes
81.2.mp3 現場に一人残された村上は震える手で井上の顔面めがけてハンマーを振り下ろした。何度も。彼の身につけている白いシャツにおびただしい量の血液が付着した。 その後、塩島の携帯で警察に通報した村上はひとまず山頂を目指した。山頂から麓まで一気に駆け下りることができる場所ががあることを村上は高校時代の鬼ごっこで知っていた。しかしその山頂には間宮と桐本がいた。自分の姿を目撃され万事休すと思った時だ。気がつくと目の前に二人が倒れていた。おそらく自分がやったのだろう。無我夢中だったためなのか全く記憶にない。村上はこれも一色の犯行とするため、2人の顔面を破壊したのだった。 鍋島と村上は20日の午前3時ごろに落ち合った。鍋島が仁熊会経由で用意した車のトランクには、頸部をナイフで切られた変わり果てた姿の一色があった。一色を村上のトランクに移し、鍋島は七尾で休む旨を伝えその場から去った。一人になった村上は一色をそのまま乗せ、ひと気がない河北潟放水路近くの茂みにそれを埋めた。20日の検問時にトランクにかぶら寿司を載せていたのは、遺体が放つ匂いのようなものが警察に気づかれないようにするため...
Published 08/26/20
80.2.1.mp3 静寂の中、銃声が鳴り響いた。 目の前が真っ暗になった。 撃たれた。 俺は村上に撃たれた。 撃たれた? 痛くない。 そうか脳をやられたか。 いや、ならばこんなに頭が働かないはずだ。 眩しい。 なんだこの光は。 そうか俺は死ぬのか。 寒い。 風が寒い。 地面も冷たい。 地面? なんで地面が冷たいってわかったんだ。 手が動く。 痛くない。 まさか。 佐竹は目を開いた。 彼は無意識のうちに目を瞑って地面に倒れこんでいたようだ。彼は即座に身を起こした。すると村上の姿が目に飛び込んできた。彼はその場にうずくまって自分の右腕を抑えていた。...
Published 08/19/20
80.1.mp3 「俺はその鍋島を殺しただけだ。」 「え…。」 「確かにお前が言うとおり、俺は人殺なんだろう。しかしお前は事実関係を間違って認識している。」 「な、なんで…。」 「理由はいろいろある。」 村上はポケットに手を突っ込んで地面だけをみていた。 「いや…待て…俺はお前の言っていることがわからない…。お前、いま鍋島のような境遇にある人間を救うために政治家になろうとしているとか言ってただろう。」 村上は佐竹と目を合わせない。 「なに適当なこと言ってんだよ…。」 村上は佐竹に背を向け、河北潟を見つめた。 「なぁ村上。これは何かの間違いだ…。なぁ間違いだよな。…そうだ嘘だ。そう嘘…。」 「佐竹。残念だが全て本当のことだ。」 佐竹は絶句した。膝から崩れ落ちた。体に力が入らない。 「お前が言ってることちやってること…矛盾するじゃねぇか…。」 「…そうかもしれないな…。」 「残留孤児の地位向上がお前の信条なんだろ?え?…なのに、何でその当人の鍋島を殺さないといけないんだ〓︎」 村上は佐竹の方を見ずに俯いたままである。 「何でだよ…何でなんだよ〓︎それで、鍋島が何...
Published 08/19/20
79.2.mp3 「お前、俺が政治の世界に入った理由、知ってるか。」 「そんなもん知らん。」 佐竹は村上に向かって歩き始めていた。 「お前の講釈なんか聞くつもりはない。俺はてめぇを許さん。」 「ははは。佐竹、お前怒ってるな。」 「うるせェ。この気狂いめ。」 「待て。言っただろ話し合いが重要だって。」 「話して何になる。」 「お前こそどうするつもりだよ。あん?」 村上は自分の車を指さした。 「山内がどうなってもいいのか。」 佐竹は歩みを止めた。そうだ、自分は山内を救うためにこの場所に来た。警察にはできるだけ遠巻きに村上と接するように言われていることを思い出した。 「まぁ落ち着いてそこで聞け。佐竹、鍋島のこと覚えているか。」 「鍋島?」 「ああ、鍋島。」 「あいつ卒業してからなにやっていたか知ってるか。」 「…しらん。」 「マフィアだよ。」 「マフィア?」 「東京の方でな。お前も聞いたことがあるだろう。残留孤児のマフィア化ってのをよ。」 「…鍋島が?」 「以前よりも残留孤児をめぐる環境は改善されつつあるが、相変わらず社会から取り残される奴は多い。日本語の問題とか、いじめの...
Published 08/12/20
79.1.mp3 「一色が死んでるよ。」 「え…。」 「見てみろよ。佐竹。」 「な、何を馬鹿なことを…。」 「見てみろよ〓︎佐竹〓︎そこを掘ってみろ〓︎」 佐竹は村上が指す場所へゆっくりと足を進めた。うっそうと茂る枯れ草を手と足を使って掻き分けて歩く。15歩ほど進んだところで、枯れ草がなくなっている箇所に出た。彼はライトアップされる内灘大橋からのわずかな灯りを頼りに、その地面を注視した。地面は周囲のものとは色が異なり、最近掘り起こされ再び土が被せられた様子が明らかに認められる。 「ま、まさか…。」 彼はその場にしゃがみ、被せられている土を手で掘り起こそうとした。しかしそれはしっかりと踏み固められ、寒さにかじかむ手を持ってでは難しい。何か硬いものが必要だ。佐竹はとっさに懐から折りたたみ式の携帯電話を取り出し、それを開いてスコップがわりに土を掘り起こした。夢中だった。何度か携帯で地面を掘り、そこが柔らかくなったのを見計らって両手で土を掻き分ける。その時、人の手のようなものが目に入った。 「うわっ〓︎」 佐竹は腰を抜かした。 「あ、あ、ああ…。」 後退りをするも、土の中...
Published 08/12/20
78.mp3 河北潟放水路に架けられた内灘大橋は、この辺りに飛来する白鳥と雪吊りをイメージした斜張橋である。この橋は夜になると色とりどりのライトで照らされる。漆黒の闇に鮮やかな光で浮き上がる内灘大橋の姿は美しく、これを目当てに訪れる者は多い。 彼は村上が言っていた大橋の袂に位置する駐車場に車を止めた。ここから見る大橋は美しかった。目の前に見える95mもの主塔の姿は雄々しくもあり、光によって照らされているため何処か幻想的でもあった。佐竹はエンジンをかけたまま車から降りた。そしてあたりを見回した。何台かの車がこの駐車場に止まっている。しかし村上らしき存在を確認できない。 ー早かったか。 佐竹は車内からコートを取り出して、それを纏った。橋からすぐ先の日本海が闇として見える。そこからの冬の海風は凍てつくという表現がぴったりだ。耳や手などのやむなく露出する肌の部位をその風は容赦無く痛めつけた。流石にこんなところで待っていられない。佐竹は再び車の中に移動した。矢先、電話がなった。村上である。 「お前どこだ。」 「お前が言った通りに橋の袂まできた。」 「じゃあそこで車を降りろ。そのま...
Published 08/05/20
77.2.mp3 「警備部課長補佐。」 「はっ。」 該当する若手の職員が立ち上がった。 「今この時点からお前が警備部課長代理だ。キンパイだ。速やかに警備部の精鋭を内灘大橋に派遣せよ。くれぐれも対象に気づかれるな。念のため狙撃班も連れて行け。警備部長には話を通してある。」 「はっ。」 朝倉の指示を受けた彼はその場から駆け足で去って行った。 朝倉が出す凄みと突然の警備課長の更迭が捜査本部内を空気を引き締めていた。それに加えて狙撃班の出動を朝倉が命じたことで場の雰囲気は張り詰めたものとなっていた。 「諸君。今まで察庁の無慈悲な指示によく耐えてくれた。これも本件を確実に立件するために必要なことだった。しかし今からは違う。私が全責任を負って指揮を取る。諸君は今まで培ってきた経験と勘、知識、人脈の全てを動員して、この2人の情報を集めて欲しい。本件捜査は明日ロクマルマルを持って終結させる。」 朝倉がなぜ捜査に期限を区切るのか。この場の捜査員も片倉と同じく疑問を感じた。しかし目の前の朝倉の表情から覚悟のほどが受け止められる。捜査員たちは誰も何も言わず、彼の命令の意を組もうとした。 ひとりの捜査...
Published 07/29/20
77.1.mp3 「ご苦労さん。捜査本部長の朝倉だ。」 北署では19時より熨子山連続殺人事件に関係する捜査員が集結し、朝倉を長とした体制での会議が開かれていた。朝倉は議事進行役の北署署長深沢から新たな捜査本部長としての挨拶を賜りたいということで、マイクを手にしていた。 「堅苦しい挨拶は抜きだ。本題から行く。」 つい1時間前までは松永が捜査本部長だった。しかし突然彼はそれを降ろされ、朝倉が指揮を取ることとなった。松永が引き連れてきた察庁組は全員撤収。松永だけがいまだに捜査本部に籍をおくという事態。現場捜査員は一体何が起こっているのか分からずに、みな一様に腑に落ちない顔つきで目の前の朝倉を見つめていた。 「片倉捜査一課課長と松永管理官には我々とは別に動いてもらっている。諸君は今後、村上隆二に関する情報と鍋島惇に関する情報を収集して欲しい。」 本部内はざわついた。今まで一色に関する情報を収集してきた自分たちに、全く別の人物の情報を収集せよと朝倉は突然言い放った。今回の事件の被疑者は一色貴紀であるとのことで、彼の行方に関する情報を集めることが捜査員に与えられた最大の任務であったのに、そ...
Published 07/29/20
76.2.mp3 ここで無線が入った。十河からである。 「こちら十河。女の正体が判明しました。」 片倉と同じ無線を聞いていた古田は、無線の音が松永にも聞こえるようにイヤホンジャックからイヤホンを外した。 「理事官。聞いておいてください。」 古田の言葉に松永は頷いて十河の声に耳を傾けた。 「あの女はアサフスのバイトで山内美紀というらしいです。あの店は月曜定休なんですが、山内は仕事熱心で休みの日にもときどき細々とした仕事を片付けに来ることがあるそうです。」 「その山内と村上はどういう関係や。」 「関係ってほどのものはないです。今日の15時ごろに村上がアサフスに来たようなんです。その時にあいつは突然気を失ってアサフスで休んで行ったそうなんですよ。そのときに看病しとったのが山内やったってだけです。」 「なんだただそれだけか。」 「ええ、それだけなんですよ。ただ、その山内っていう女ですが、佐竹とちょっといい感じになっとるそうでして。」 「佐竹?」 「ええ。」 「…分かった。十河。そのままアサフスを見張っていてくれ。」 片倉は無線を切った。 「トシさん。どう思う。」 「こんな切羽詰まった時...
Published 07/22/20
76.1.mp3 「松永…。」 片倉と古田は苦い表情をして彼を見た。 「ほら採れたてのほやほやだ。」 松永は1枚の紙ペラを二人に見せた。 「何だこれは。」 「Nシステムで補足した19日からの村上の行動経路だ。」 「何?」 「そこでお前たちに知らせたいことがある。」 そう言って松永はここで立ち話をするのは控えたいとして、二人を県警の別室へ招いた。松永の存在に不信と疑念を抱いていた二人であるが、今は一刻を争う。そんなことは言ってられない。彼らは松永の求めに応じた。 別室の扉を閉じて松永は手にしていた紙を机に広げ、口を開いた。 「村上の行動がおかしい。」 「何がだ。」 「ここを見ろ。」 片倉と古田は松永が指す20日の箇所を見た。 「七尾?」 「そうだ。岡田が村上の行動に気になる点があると言っていたから、あいつの所有車ナンバーを追跡した。そしたらこうだ。」 片倉と古田は資料を読み込んだ。そこには村上の証言と今回のNシステムによる村上の行動履歴を時系列で整理した表が記載されていた。 村上の証言によると彼は20日の12時ごろに熨子山の検問に会い、それから1時間かけて高岡に向かった。高岡に着...
Published 07/22/20
75.mp3 すれ違う者皆がこちらを見る。一体何事かといった表情で見るものもあれば、律儀に敬礼をして道を譲る者もいる。彼はエレベーターの降りるボタンを忙しなく押してそれが来るのを待った。しかし5秒後には踵を返して階段へと足を進めていた。彼は階段を降りるというより落ちるように凄まじい勢いでそれを駆け降りた。そこに携帯電話の音がなった。彼はそのまま階段を降りながらそれに出た。 「おうトシさん。」 「お前どこや。」 「階段。」 「はぁ?お前ふざけんなや。」 「って言うかトシさんやべぇわ。」 「どいや。」 「村上や。」 「はぁ。」 階段を降り切ったところで片倉は携帯電話を耳にあてている古田と出くわした。古田は手にしていたものを懐にしまった。 「とにかくやべぇ。トシさん。やべぇことになった。」 「何が?」 「これ見てくれま。」 片倉は一枚の写真を古田に手渡した。 「なんやこの車は。」 「村上の車や。」 「村上の?」 「ほうや。ほんで…。」 片倉は自分の携帯電話を操作して、その中にある一枚の写真を古田に見せた。 「あ。」 「一緒やろ。」 「ナンバーも同じやがいや。」 「ほんで...
Published 07/15/20
74.mp3 駅前支店の前にあるホテルの喫茶店に陣取ってかれこれ二時間が経過する。古田がここから観察したところ、佐竹らしい男は一時間ほど前に駅前支店に帰ってきていた。それ以降、彼は店から出ていない。古田はこれで何杯目かわからない珈琲を口につけて手元のメモ帳をパラパラとめくり出した。さすがに珈琲が胃を痛めつけている。古田は自分の腹をさすった。 「古田課長補佐。」 古田は声のする方を向いた。そこには背広を着た四十代の男が立っていた。 「お前が岡田か?」 「はい。」 岡田はこう言ってそのまま古田と向かい合うように椅子に座って、テーブルに古田の車の鍵を差し出した。 「これどうぞ。車は裏の駐車場に停めてあります。」 「すまん。無理言ったな。」 「古田課長補佐は片倉課長と合流し、捜査を継続してください。」 「なんやって?」 「課長と捜査の詰めをお願いします。」 古田は頭を掻いた。 「朝倉本部長からの命令か。」 「ええ。」 「松永は何て?」 「理事官ですか?」 「ほうやわいや。あいつがすんなり指揮権を渡すわけねぇやろ。」 岡田は苦笑いした。 「やれやれ…古田さんには何も隠せませんな。」 「あ...
Published 07/08/20
72.mp3 「失礼します。」 ドアをノックしそれを開くと、そこには革張りの椅子に身を委ね、何かの雑誌を読んでいる加賀の姿があった。 「ああ山県支店長。お疲れさまでした。」 労いの言葉をかけた加賀は常務室の中央に配される応接ソファに座るよう、山県に言った。 「マルホン建設とドットメディカルの提携話をまとめてくれて助かりました。」 山県はソファに座り、何やら照れ臭そうな表情をして軽く頭を下げた。 「何を仰います。常務がドットメディカルに働きかけなかったら、こんな芸当はできませんよ。私のような一支店長の身ではまとめきれません。」 「ははは。」 「常務は一色と連絡は取れましたか。」 加賀は立ち上がって窓際に立ち、険しい顔をして外を眺めた。 「…いや。ダメだ。」 「…そうですか…。」 「…もうダメかもな…。」 山県は加賀の言葉には返事をせず両手で頭を抱えてうなだれた。 「警察が総動員であいつの行方を追っているが、手がかりが全くないそうだ。」 「…と言うと。」 加賀は振り向いた。 「あいつは俺がここに赴任する前、俺にこう言っていた。何かのことがあって連絡が途絶えたら、構わず役割を完遂して...
Published 06/24/20
71.mp3 「俺がですか?」 捜査本部の隅で携帯電話を手で覆うようにひそひそ声で話す岡田の姿があった。 「…わかりました。で、俺はどこに行けばいいんですか。」 岡田は部屋の壁に向かってボソボソと話し、電話を切った。 「誰だ?」 背後から声が聞こえた。岡田が振り返るとそこには松永がいた。 「り、理事官。」 「こそこそやってんじゃねぇよ。」 そう言って松永は岡田の腕を掴んだ。 「おい。お前らこいつみたいにこそこそやってたらただじゃ済まさんぞ。」 松永は岡田の腕を決めて彼に膝を付かせた。 「お仕置きだ。こっち来い。」 松永は岡田をしょっぴくように捜査本部から出て、別室に彼を連行した。 別室に入るなり松永は掴んでいた手をそっと離した。そして岡田に席に着くよう指示を出した。 「片倉か。」 「はい。」 「奴は今どこまで進んでいる。」 「はい。片倉課長はアサフスの張り込み、古田警部補は金沢銀行の張り込みといった具合です。」 「なぜ張り込む。」 「佐竹と赤松の身の安全を確保するためかと。」 「そうか。」 松永は突如として部屋にあるテーブルや椅子を壁に向かって投げつけた。そのため大きな物音が部...
Published 06/17/20
70.mp3 「村上は外出中です。」 「何処に?」 「わかりません。しばらく戻らないと言って出て行きました。」 「分かりました。失礼しました。」 古田と片倉は急ぎ足で事務所を後にし、素早く車に乗り込んだ。エンジンをかけた片倉は切り出した。 「やっぱりあいつ。なんか知っとるぞ。」 「行き先も告げんと外出。俺らが来るのをどっかで察知したな。」 片倉はヘッドレストに自分の頭を預けた。 「なぁトシさん。マルホン建設と仁熊会、警察上層部って言う構造的なものよりも、この村上っていう男の存在が一色の捜査に二の足を踏ませたんじゃねぇのか。」 「高校時代の同期やしな。」 「しかし、こうも高校時代の交友関係が尾を引くもんかな。」 「いや普通ない。」 「今も頻繁に連絡を取り合っとる親密な間柄ならわかっけど、そうじゃねぇやろ。」 「おう。佐竹と村上は今も親交があるが、他の連中は疎遠やしな。」 「そんな関係で一気に繋がりが出てくるもんかなぁ。」 古田はしばらく考えた。 「ひょっとすっと、俺らには計り知れん何か特別な人間関係があるのかもしれん。」 「特別な人間関係?」 「鍋島は残留孤児三世。あいつの母親は...
Published 06/10/20
69.mp3 「いいか。絶対に何とかしろよ。おめぇだけじゃねぇんだ。長官にも先生にも迷惑がかかる。」 こう言ったそばから運転席の窓をノックする音が聞こえたため、村上は電話を切って窓の外に目を向けた。そこには見覚えのある笑顔があった。村上はドアを開けて男と向かい合って立った。 「久しぶりだな。赤松。」 「やっぱり村上か。」 「おう村上だ。」 「お前何しとらん、こんなところで。」 「いや…ちょっとな…。」 「こんなところやと何やし、うちにでも寄ってけ。」 「いや、ここでいい。」 「何言っとらん?水くせェな。」 「あぁ、じゃあドミノでってのはどうだ。」 「ドミノ?はははは。」 赤松は頭を掻いて笑い出した。 「何だよ。」 「すまんすまん。いやな、ここ2日ほど俺はドミノばっかりなんやわ。」 「何で。」 「あの事件があったから。」 「そうか…。」 「で、お前何かわかったんか。」 「は?」 「佐竹から聞いたわ。お前ら今も随分と仲がいいそうやな。あいつはどっちかって言うと一色は他人のようなものだから、無視しときゃいいってスタンスみたいやったけど、お前は違えんろ。」 村上は佐竹から赤松と接触した...
Published 05/27/20
68.2.mp3 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
Published 05/20/20
68.1.mp3 佐竹は当てもなくただ社用車を走らせていた。 「どこで知り合ったんか分からんが、俺に紹介したいって連れてきたんや。」 「は、はぁ。」 「何でも警察キャリアの大層おできになる男みたいでな。なんか鋭い目つきで眼鏡かけとっていかにもって感じで、俺は正直好かんかったんや。でも、久美子がやたらあいつの事を庇うっていうか、持ち上げるっていうか、何しゃべるにしてもあいつの事を会話の中に入れてくるんやて。ほんで、こりゃあ相当惚れてしまっとるなと思ったんや。」 「そうですか…。」 「カミさんにもあの男どう思うって聞いたんや。あいつは相手が公務員なら間違いないっちゅうて久美子の援護をする。まぁひとりの成人した女がこの男がいいって言い張るんやから、俺がダメ出しするこっちゃない。そんなこんなで婚約したんや。あの写真はその時のやつや。」 佐竹の運転する車は金沢港に近くにあった。山県はそこの適当なところに車を止めるよう指示を出した。 「変に頭がいい奴っちゅうのはコミュニケーションの部分でどこか難があったりすっけど、別にそんなこともない。何回か話すと初めは取っ付きにくい感じの男やと思っとった...
Published 05/20/20
67.mp3 走行する白色のなんの変哲もない一般的な社用車。その助手席に山県は座り、唯ひたすらに窓の外を眺めていた。 「支店長。どうしましたさっきから。」 「なんだ?」 「珍しく煙草も吸わずに、何かずっと黙ってますよ。」 山県はポケットに左手を突っ込んで、煙草を取り出した。そしてそれを佐竹に見せる。 「無くなったんや。」 彼はそれを握りつぶして再びポケットにしまった。 「コンビニでも寄りますか。」 「あぁいいわ。これも何かあれや。止めっかな。」 「え〓︎」 赤信号のため佐竹は車を停車した。しかし山県が発した意外な発言は彼のブレーキを踏むタイミングを間違えさせた。佐竹の運転する車は前につんのめるようにカクンと止まった。 「なんや。その反応。」 「いや、支店長と言えば煙草じゃないですか。」 山県は苦笑いした。 「これで少しは楽になれそうや。」 「何言ってるんですか。これからでしょう。」 「…ほうやな。」 「それにしても支店長凄いですね。」 「何が。」 「マルホン建設の支店長、凄みが違いましたよ。」 「ほうか。」 「何というか、ドラマで鬼気迫るやり取りとかあるじゃないですか。それみた...
Published 05/13/20
66.mp3 「一色貴紀。」 「そうです。」 松永はため息を付いた。 「あのバカ…。」 彼は下唇を噛んだ。そしてホワイトボードに貼られている顔写真を見つめ、再び十河と相対した。 「さっきも言っただろう。覚悟はできている。」 松永は彼の視線からは目を離さず、こう言い切った。暫くの沈黙を経て十河の目が充血し、瞳から一筋の涙が流れ落ちた。 「十河…。」 「理事官、申し訳ございません…。私は嬉しいんです。若手警察官、しかもキャリアの貴方が一心不乱に真実を追い求めてひた走る姿を見ることができて…。」 「なんだなんだ。おまえやめろよ。本題はこれからだろう。調子が狂うじゃねぇか。」 松永は頭を掻いた。 「すいません。本題に移ります。先ほど私がお話したマルホン建設、仁熊会、金沢銀行の関係性に新たに加わるものがあるんです。それが衆議院議員本多善幸と我が県警です。」 「なに。」 「本多善幸と県警のつながりは10年前ほどからです。そのころ国政で大きな動きがあったのを管理官は覚えてらしゃいますか?」 「10年前?10年前って言うと…イラク戦争とかいろんな銀行が合併したとかそんなところしか思い浮かばん。...
Published 05/06/20
65.mp3 かつては金沢城の大手堀があったこの辺りはその一部を残して埋め立てられ、今では道路が走っている。この道路に沿うように何件かの宿泊施設が並んでいた。近江町方面からこの辺りまで歩いてきたひとりの男は立ち止まって見上げた。そこには背は低いが真新しい5階建てのホテルがあった。この辺りは金沢城や兼六園のすぐ近くであるため、景観保持ということで建物の高さに制限が設けられていた。無論それは宿泊施設においても例外ではない。彼は握りしめていた拳を開いて、そこに目を落とした。そして建物の正面玄関に掲げられている看板に目をやった。 「ここやな。」 彼は寒さに身を竦めながらその中へと足を進めた。自動ドアが開かれるとすぐそこはフロントロビーだった。ロビーの中央には大きなクリスマスツリーが配され、様々なオーナメントによって凝った飾り付けがされていた。彼は左腕の時計を見た。今日は12月21日の月曜日。今週の木曜日はクリスマスイブということもあって、このロビーの客層はガラリと変わるのだろう。彼は周囲を見回した。平日の夕刻ということもあって、客はまばら。せいぜいが暇を持て余した老年層がロビーにある喫...
Published 04/29/20
64.mp3 本多慶喜は12畳ほどの広さの専務室にある革張りの自席に座った。ため息をついたところで懐にしまっていた携帯電話が鳴った。彼はそれを取り出して画面に表示される発信者の名前を見て思わず舌を打った。 先程まで開かれていた金沢銀行の役員会上でマルホン建設の追加融資には、条件が課せられた。それは事前に山県が作成した経営改善策を無条件で受け入れることだった。常務の加賀は成長分野である介護・医療の優良先とマルホン建設が提携する山県の案を評価した。これが即座に実行されるならば、仮に金融検査が入っても格下げを回避できようという評価だ。併せて加賀はこの改善策を根拠に、金融庁にマルホン建設の査定を大目に見るよう、事前に働きかけること約束した。 今俎上に上がっている1億の融資が実行されなければマルホン建設は資金ショートを起こして経営に行き詰まってしまう。しかしそのために課せられた条件は慶喜にとって具合の悪いものだった。提携だけならば良いが、ドットメディカルはそれに条件をつけてきた。ドットメディカルのマルホン建設における発言権を高めるために、役員を刷新せよとの事だった。現社長はそのままで、一...
Published 04/22/20