Description
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河北潟放水路に架けられた内灘大橋は、この辺りに飛来する白鳥と雪吊りをイメージした斜張橋である。この橋は夜になると色とりどりのライトで照らされる。漆黒の闇に鮮やかな光で浮き上がる内灘大橋の姿は美しく、これを目当てに訪れる者は多い。
彼は村上が言っていた大橋の袂に位置する駐車場に車を止めた。ここから見る大橋は美しかった。目の前に見える95mもの主塔の姿は雄々しくもあり、光によって照らされているため何処か幻想的でもあった。佐竹はエンジンをかけたまま車から降りた。そしてあたりを見回した。何台かの車がこの駐車場に止まっている。しかし村上らしき存在を確認できない。
ー早かったか。
佐竹は車内からコートを取り出して、それを纏った。橋からすぐ先の日本海が闇として見える。そこからの冬の海風は凍てつくという表現がぴったりだ。耳や手などのやむなく露出する肌の部位をその風は容赦無く痛めつけた。流石にこんなところで待っていられない。佐竹は再び車の中に移動した。矢先、電話がなった。村上である。
「お前どこだ。」
「お前が言った通りに橋の袂まできた。」
「じゃあそこで車を降りろ。そのまま歩いて橋の下の放水路のあたりまで来い。」
「何で歩きなんだよ。車で行くよ。さみぃだろ。」
「おい。佐竹おまえ、いま自分が立たされている立場を考えろ。」
「なんだよ。」
「お前は俺の指示通りに動け。いちいち口答えすんな。」
確かに村上の言う通りだ。今の佐竹は人質がとられている状態。もう少し村上には従順にふるまった方がいい。
「わかった。」
佐竹はエンジンを切ってそのまま橋の下に通じる、整備された細い遊歩道を歩き出した。
「下に降りたらそのまま海側まで進め。俺は放水路の袂にいる。」
そう言って電話は切れた。佐竹は身を竦めた。寒風が肌を刺す。
夜の山は闇だ。しかし海も同様に闇。山は闇が自分を覆い尽くすような感覚を覚えるが、海の場合は途方もない大きな闇の空間がぽっかりと口を開けているようにも思える。それは自分を吸い込む勢いを感じさせるものだ。佐竹は時折周囲を見回しながら、村上のいる方へ歩んだ。警察が万全の体制で自分と山内を守ってくれているらしい。しかし、それらしい人影も何もない。
「それならあいつに分からんように、人員を配備するだけですわ。」
古田はこう言っていたが、本当に警察は自分を守っていてくれているのだろうか。まだその要員はここに到着していないのだろうか。佐竹は悶々としながら足を進めた。橋の袂から10分ほど歩いただろうか、佐竹は30メートル先に見える放水路の傍に一台の車が止まっているのを目視した。マフラーから蒸気が出ていることから、エンジンをかけたままである事がわかる。
車から男が降りてきた。彼は濃紺のコートを纏っていた。
ー村上。
「佐竹さんはなるべく遠巻きに村上と接してください。」
佐竹は村上から5メートルの距離で立ち止まった。
「山内さんは。」
村上は車を指差した。
「心配すんな。何もしていない。」
「彼女を帰せ。」
村上は肩をすくめてやれやれといった風の素振りを見せた。
「まだだ。」
佐竹は拳を強く握りしめた。彼の物言い