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ここで無線が入った。十河からである。
「こちら十河。女の正体が判明しました。」
片倉と同じ無線を聞いていた古田は、無線の音が松永にも聞こえるようにイヤホンジャックからイヤホンを外した。
「理事官。聞いておいてください。」
古田の言葉に松永は頷いて十河の声に耳を傾けた。
「あの女はアサフスのバイトで山内美紀というらしいです。あの店は月曜定休なんですが、山内は仕事熱心で休みの日にもときどき細々とした仕事を片付けに来ることがあるそうです。」
「その山内と村上はどういう関係や。」
「関係ってほどのものはないです。今日の15時ごろに村上がアサフスに来たようなんです。その時にあいつは突然気を失ってアサフスで休んで行ったそうなんですよ。そのときに看病しとったのが山内やったってだけです。」
「なんだただそれだけか。」
「ええ、それだけなんですよ。ただ、その山内っていう女ですが、佐竹とちょっといい感じになっとるそうでして。」
「佐竹?」
「ええ。」
「…分かった。十河。そのままアサフスを見張っていてくれ。」
片倉は無線を切った。
「トシさん。どう思う。」
「こんな切羽詰まった時に村上が色恋沙汰に首を突っ込むとは思えんな。」
「そうやろ。」
「まさかその山内をネタに佐竹をゆすって、自分に都合のいい証言をさせようとしているとか。」
松永のこの言葉に古田と片倉ははっとして彼の顔を見た。
「それだ。」
「佐竹は内灘に向かっている。佐竹と村上の向かう先は方角としては同じ。となるとひょっとするとそこであいつら接触するんかもしれない。」
「確かに…佐竹は何か焦っとった雰囲気やった。山内美紀と佐竹の関係が十河のいう通りやとすっと、あいつの焦りも理解できる。」
「片倉課長。古田警部補。現場に急行してくれ。」
松永はおもむろに二人に指示を出した。
「でどうします理事官。」
片倉が言った。
「とにかく村上を確保だ。」
古田は考えた。このまま村上の確保をすれば二人の身の安全を図ることができるが、証拠がない。単なる任意同行だ。被疑者の供述に頼る逮捕は立件の決め手にかける。何かの証拠が欲しい。
「待って下さい理事官。」
「なんだ。」
「ここは佐竹の力を借りましょう。」
「どういうことだ。」
「村上に吐かさせるんです。」
「なにっ?」
「本部長からは明日のロクマルマルまでに詰めろと言われとります。ほやけど今から犯行にかかる村上の証拠を抑えるとなると時間がかかる。仮に任意同行したところでワシら警察にはあいつは絶対に口を割らんでしょう。何かとグリップが効く立場ですからね。」
「じゃあどうするんだ。」
「ほやから今回の事件とは特に関係がなさそうな佐竹に聞き出してもらえばいいんです。ワシらが聴取するよりか佐竹の方が、村上の警戒心を解くことができるでしょう。幸い村上は今から佐竹と接触するようですからね。」
今古田が提案する方法は前例のない捜査方法だった。捜査員を犯行グループと思われる者に潜り込ませる囮捜査でも何でもない。囮捜査ですら違法の疑いがあるというのに、あろうことか古田は警察の代わりに、佐竹という一民間人に被疑者から情報を聞き出すよう依頼している