Description
檀家さんにとって私のような小坊主でも、寺の跡継ぎができた安心感やもの珍しさもあり、法事も新鮮な感じがするとかで、案外歓迎されているように思います。
しかし法事の後、「斎(とき)」とよばれる食事の席につきますが、食事をいただいていて皆さんだんだんお酒が回ってると、法衣を着て上座に座っている坊主であっても、参列者から
「今の若いもんは・・・」という話になることがたびたびあります。
昭和50年ごろ、法事に来る大人の人たちは、戦中戦後の食糧難の時代を乗り越えた人ばかりで、小学校の校庭にまでサツマイモを植えてそれを主食とした世代です。
しかしイモだけでは足らずイモの蔓まで食料にしたという飢えた時代を体験した人の、食べ物に限らず、なによりも物の大切さを話す言葉には大きな説得力がありました。
それに比べて、私は高野山の宿坊で小坊主時代を過ごし、ご馳走と呼べるものは食べられていなかったとはいえ、白いご飯だけはタップリあったし、おかずはなくても空腹になることはありませんでした。
ですからほんとうの空腹やひもじさというものを感じたことがないのです。
そんな私がひもじく辛い時代を生きてきた人たちよりも上座に座り、法衣を着て法事を勤めるためには、せめてほんとうの空腹感を経験する必要があると思い始めました。
そこで断食です。
私がお世話になった断食道場には、多くの人が内臓の調子を整えるために来られていました。
そこでは最長の断食期間が一ヶ月で、そのうち本断食とよばれる絶食期間は一週間と決まっています。
しかし私はこれを修行と思い、どんなことが起こっても自分が責任をとるということで、無理にお願いして本断食を二週間にさせてもらうことになりました。
これで、はじめの一週間が減食期間、次の二週間が本断食、残りの一週間が復食期間と決まりました。
本断食中には夜、布団に入ると空腹にさいなまれ、部屋の天然木の天井板がまるでお肉が並んでいるように見えるといった妄想にかられました。
ようやく本断食が終わり、減食開始から22日目に復食が始まりました。久しぶりに食べものを口にすることができる日が来たのです。
食べものといっても一日二杯のおも湯です。
ところが、このただのお粥の汁のようなおも湯が、なんと美味しいこと!美味しいこと!
涙が出るほど、おいしいのです。
このときに思いました。
おなかが空っぽだったからこそ、おも湯に豊かで深い味わいを感じることができたのだと。
そして足らないことを経験してみないと、豊かなものを感じることができないのだと、そのときつくづく思い知らされました。
この断食を終えて家に帰ったとき、一ヶ月で10キロ近くやせた私を迎えてくれた母が、「痩せてかわいそうに」と、号泣するのです。
はじめて母を泣かせてしまいました。
思い出の断食道場は先日の火事で焼け落ちてしまいました。
合掌
---
Send in a voice message: https://podcasters.spotify.com/pod/show/pgsvmgddld/message