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1987年5月23日の夜、自宅でテレビを見ながら眠りに落ちたケン・パークスは、妻の実家で仲の良かった義父と義母を殺害した後、最寄りの警察署に出頭し「僕は誰かを殺した気がする」と告げました。遺伝的な睡眠障害のあった彼は、後に夢遊病であることが裁判で認められ、釈放されることになります。人は意識のない状態で車を運転し、殺人を犯すことも出来てしまうようです。
20世紀初頭の科学者フロイトは、それまで悪魔の憑依や意志薄弱で説明されてきた精神疾患の原因が、目に見えない脳の活動、無意識にあることを発見し、無意識の解明を患者の治療に応用しました。精神疾患に限らず、私たちが何を考えどう行動するかは、無意識によって決められているのです。
先に与えられた刺激が後の刺激の処理の仕方に影響を与える現象を「プライミング効果」と言います。例えば、暖かい飲み物を持った人と、冷たい飲み物を持った人に、家族との関係について質問すると、前者は好意的な意見を言い、後者はやや好ましくない意見を述べます。悪臭漂う環境にいる人は、他人の行為に対して倫理的に厳しい意見を持ったり、ビジネスの取引の場で硬い椅子に座っている人が強硬な交渉をする一方、柔らかい椅子に座っている人は譲歩しがちになったりします。
無意識に人々の行動に影響を与える「ナッジ」と呼ばれる注意喚起や控えめな警告もあります。スーパーで果物を目の高さに並べると客が健康的な食べ物を選択したり、男性便器に蠅の絵を貼るとうまく狙いをつけるようになったり、従業員を自動的な年金積立制度に加入させるとより良い貯金の習慣に繋がったり、人々の行動を無意識のうちにリードすることはできるのです。
無意識が思考と行動を決定するなら、自由意志はあると言えるのでしょうか。人間の脳には小脳と大脳があり、無意識的な運動を担っている小脳には大脳の数倍のニューロンがありますが、意識が発生するのは大脳です。大脳に意識が生まれ、小脳に生まれない理由は、それぞれの情報伝達を担う無数の神経モジュールが繋がっているか否かにあります。大脳では色や形や明るさ、音や臭いや味や熱さなど情報を伝えるモジュールが互いに結びついていますが、小脳にはそうした統合が見られないと統合情報理論では説明しています。百億以上のニューロン統合の組み合わせは如何なる存在にも予測不能なアウトプットを生じますし、外部からの情報と内部の生理との間には矛盾と葛藤が生まれますから、その辺りに無意識の停滞としての自由意志が存在すると言えるのかもしれません。