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仏教の十二縁起と、キリスト教の楽園追放の類似性 イヴの原罪とアダムの原罪 ジョン・スチュアート・ミルの質的功利主義、ベンサムの功利主義からの逸脱 異なる3つの論理体系
Published 08/14/23
ポンペオ米国務長官が七月二十三日に、中国の人権抑圧・領土拡張・経済的不公正と、その理念的基盤であるマルクス・レーニン主義に対し、宣戦布告とも解釈できる演説を行ったことで、新型コロナウィルスで混乱の中にある世界は新冷戦時代へ突入することになりました。現代の世界には、エリート階級が政策決定の権限を独占する体制と、自由と民主主義を標榜する体制の二種類の国家に分類することができますが、中国は前者、アメリカは後者の正義を代表する国家だと言えるでしょう。
しかし、中国の不正義を糾弾したポンペオ氏のアメリカの中にも相矛盾する複数の正義があり、必ずしも一枚岩とは言えません。自由と民主主義を標榜する社会の正義の一つには、最大多数の最大幸福を目指して経済的効率性を高めようとする功利主義や、他者の権利を侵害しない限りあらゆる個人の自由を認めるべきだと考えるリバタリアニズム≪自由至上主義≫があります。
例えば、アメリカの軍隊ではベトナム戦争まで徴兵制が実施されていましたが、全国民が兵役の義務を持ち国家の防衛に責任を負うべきだという考え方に対して、功利主義やリバタリアニズムはそれぞれの立場で異議を唱...
Published 08/14/23
歴史の教科書には、国王や貴族に奴隷的拘束を強いられていた民衆が、自らの選択と決断によって生きる「自由」を求めて革命を起こす姿が記されています。イギリスの市民革命やアメリカ独立戦争やフランス革命は、近代社会の誕生を象徴する出来事ですが、これらの革命で人々が獲得を目指した最も重要な権利は「自由」でした。そして、権力によって奴隷的に拘束される牢獄のような状態は否定され、自らの意志で行動できることが、現代の人権思想の根本原理となったのでした。
しかし、社会全体の利益を追求する時には、この「自由」が制限されても仕方がないという考え方もあります。例えば、感染力の高いウィルスが流行して人々の命を脅かす時、人間の自由な移動・行動がその繁殖を拡大してしまうなら、それは制限されなければならないという考えです。あるいは、社会全体の発展を促進するためには、指導者が強い権限を発揮して様々な政策を進めていかなければならないため、その体制に批判的な言動は厳しく取り締まるべきだという考えです。
こうした「最大多数の最大幸福」を追求する考え方に対し、それよりも個人の「自由」が優越するとして、他者の自由を制限...
Published 06/22/23
イギリスの道徳哲学者ジェレミー・ベンサムは、道徳の至高の原理とは苦痛に対する快楽の割合を最大化することだという、功利主義の原理を確立しました。人間がとるべき正しい行いとは、快楽や幸福を増やし、苦痛や苦難を減らす、「効用」の最大化であるというわけです。
1884年、ミニョネット号というイギリス船が沈没し、ボートで漂流していた四人の船乗りたちが、水も食料もない限界状況に追い込まれた結果、悲惨な効用の最大化を迫られました。衰弱して死の淵にあった一人を二人が殺害したのです。残り一人は殺人に断固反対したものの、共に死体を食料とし、三人は生き残りました。数日後に救出された三人は、当局に事実をありのままに告げて逮捕されます。殺人を犯した二人が起訴され、反対した一人は釈放されました。裁判の結果、二人には死刑が宣告されますが、ヴィクトリア女王の特赦により禁固六ヶ月に減刑されました。
二人の殺人行為は、現代では緊急避難と呼ばれるもので、非常事態における違法行為は、それによって生じた損害より、避けようとした損害の方が大きい場合、罪に問われないことになっています。この当時のイギリスでは、まだその制...
Published 04/28/23
電磁波の中の十兆分の一に満たない可視光を、周波数の高い方から赤、橙、黄、緑、青、紫など更に色分けして、私たち動物は周辺環境を把握するのに活用しています。しかし、人間が「赤」と呼ぶ波長と、「橙」と呼ぶ波長の間には明確な境界線がありません。赤と黄、橙と緑など明らかに違う波長の光を反射する物体であれば誰もが同じように色分けできますが、どこまでが「青」でどこからが「紫」なのか決めるのは悩むところで、人によって判断は異なることでしょう。
倫理における正義と不正義の色分けにも、同じことが言えます。どこまでが正義で、どこからが不正義か、そこに境界線を引くのは難しいことです。
あなたが路面電車を運転しているとします。気が付くと、前方に五人の作業員が工具を持って線路に立っていました。ところが電車のブレーキが急にきかなくなり、このままではあなたは確実に彼らを轢いて死なせてしまいます。その時、右へと逸れる待避線が目に入ります。五人を救うにはあなたはそちらへ電車を向けなければなりません。でも、そこにも作業員が一人立っていて、そちらへ進めば確実に彼を死なせることになります。あなたならどうしますか?
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Published 04/28/23
「言語記号の恣意性」という言葉があります。19世紀のスイスの言語学者ソシュールの考えで、言葉とは、それを表す音声・文字(シニフィアン)と、それによって表される意味・概念(シニフィエ)が、合理的な必然性を必要とせずに結び付いて出来ているという考えです。
例えば、「イス」という音声は、「人が座るための台」のことではなく、「食事や仕事や勉強をするための台」のことであってもよく、「ツクエ」という音声は「体を横たえて寝るための台」のことであってもよかったわけですが、たまたま何となく勝手気ままに(恣意的に)現在のような組み合わせになっている、ということです。
この考え自体は、「そりゃそうだね」とすぐに納得できるものだと思います。日本人みんなで、ピーマンのことをナスと呼び、ナスのことをピーマンと呼んだって、みんなでやれば何も怖くはありません。でも、ソシュールが言う「恣意性」はそれだけで終わりではありません。
どこかの星から手も足も腰もないボール型の体の宇宙人が地球へやってきて、日本語を勉強するとします。その時、同じ台状の形をした物体を、イス、ツクエ、ベッドと言い換えていることを知ったら...
Published 03/23/23
今回のフリートークは、私の世界観として、存在の用具生と他者性、記号的実在と記号前の神々の実在、科学的実在と文学的実在などについて話し、その後、AIに意識を持たせることや、仏教の執着とキリスト教の罪の対応関係などについて話しています。同じようなことに関心のある方は聞いてください。 なお、雑音が多くなってしまった上、音声が小さくなりました。すみません…、
Published 03/02/23
遠い未来の技術で甦ることを期待する人々のため、アルコー延命財団では、顧客の死後その肉体を凍結保存しています。全身凍結ではなく、頭部だけ保存する人々もいます。
凍結した肉体や脳を復活させる技術が登場するかしないかは分かりませんが、脳のデータをコンピューターにコピーして保存しておくことは不可能ではないかもしれません。人間の脳は860億のニューロンで出来ており、各ニューロンには1万の接続があるため、一個の人間の脳には1000兆の脳細胞間接続の独自パターンがあると言われていますが、それは現在の地球にある全てのデジタルコンテンツの合計と同じサイズのバイト数に相当します。しかし、コンピューターの能力は18ヵ月ごとに倍になっているため、あなたの神経回路のマップをコピーできる日が来るかもしれません。
ただし、神経回路図を保存してもそれだけで意識が生じるわけではありません。思考や感情や認識を生み出しているのは、細胞間の接続で実行される毎秒何千兆もの化学的物質の放出や、タンパク質の形態の変化、ニューロン軸索を伝わる電気的活動の波です。そのため、スイス連邦工科大学ローザンヌ校のヒューマン・ブレイ...
Published 02/22/23
2007年、ラムッスン脳炎による発作で苦しんでいたキャメロン・モットという少女が、12時間の神経外科手術のすえ、脳の半分を摘出されました。しかし、手術後も彼女は体の片側が弱いだけで、他の子どもたちと同じように言語、音楽、数学、物語を理解でき、スポーツにも参加することが出来ました。脳の残り半分が失われた機能を引き受け、神経の配線をし直し、ほぼ全ての働きが半分のスペースに押し込まれたのです。このように、新しい状況に順応して学ぶたびにみずからを変えるという脳の可塑性が、テクノロジーと生物学の融合を可能にします。
人工内耳は、外部マイクロホンが音声信号をデジタル化して聴覚神経に送り、人工網膜は、カメラからの信号をデジタル化して目の後ろの視神経につながれているグリッド電極に送ります。現在、何十万という聴覚・視覚障害者がこうした装置で自分の感覚を取り戻しています。初めのうち異質の電気信号は脳にとって理解不能ですが、やがて神経ネットワークは入ってくるデータのパターンを抽出し、大ざっぱでもそれを理解する方法を見つけ、他の感覚と相互参照し合って入ってくるデータの構造を探り出し、数週間後には情報...
Published 02/21/23
私たちは隣人の微細な表情の変化を見てそれを自分の顔にコピーし、その表情に対応した痛み、悲しみ、怒り、喜びといった感情を自分の中に再現するミラーリングという能力を先天的に持っています。この共感こそが人間社会の道徳の根源で、無意識の集団的共感の連鎖が「見えざる手」となって人間を社会秩序に従わせるのだと、倫理学者で経済学の祖アダム・スミスも『道徳感情論』において説いています。
隣人に共感し、同時に隣人の共感を期待しながら人間は集団の中で生きていますが、そんな個体の集合が一つの生命体として部族や民族や国家の集団的思考と行動を生み出す事は、人間の強みである一方、怖さでもあります。
1995年7月11日...
Published 02/16/23
現在のスマートフォンは、小さくなったコンピューターと言える性能を持っています。しかし、これがインターネットに接続していなかったら、私たちが重宝しているその能力のほとんどは消えてしまうでしょう。一方、世界中のスマートフォンが接続していないSNSというのは想像できるでしょうか。個々の端末が接続していない時、そこにはインターネットも存在していません。
人間も、個々の大脳等の神経ネットワークの働きだけでは、私たちの考える個としての人間の姿を説明できません。私たちの存在の半分は、他者によって出来ているからです。また、私たちは、他者とつながり合った社会的動物として情報交換することで、巨大な集合的生命体として存在しているとも言えます。それは、個々の細胞の集合として生物が存在し、個々のニューロンのシナプス反応により全体としての神経系が生まれるのと同じことです。
ウサギ、電車、モンスター、飛行機、...
Published 02/06/23
目の前の幾つかの選択肢から一つを選ばなければならない時は、現在の生理的な状態が決断の決め手となります。純粋な情報の比較計算しかできないと、考えられる可能性は無限にあるため、いつまでも決められないのです。では、選択の結果が未来に関わる問題の場合どうでしょう。
今日は日曜日。最近ハマっているゲームをなんとかクリアしたい。でも、二週間後に中間テストが迫っていて、準備を始めないと間に合わない。だが、十歳下の弟が自転車の練習を手伝って欲しいと言う。弟は自分になついているので可愛いし、弟に付き合ってあげれば家族の平和にも貢献できる。こんな未来の査定に迫られる状況にも、生理現象、ドーパミンと呼ばれる神経伝達物質の報酬が、選択の基準になります。つまり、選択肢の中で一番報酬の大きそうな方へ行動を移すわけです。
しかし、未来の事は結果が出るまで時間がかかる上、期待通りの報酬が得られるかも決まっていません。弟に付き合う事を選択した結果、弟が転んで怪我をし、「お兄ちゃんが手を離したせいだ」と泣いて両親に訴えれば、親子喧嘩になってドーパミンの放出は抑制されます。逆に、弟が思った以上に上達して自転車に...
Published 01/20/23
脳外科医は手術中に患者の脳に電極を当て、ニューロン間の電気信号のやり取りをスピーカーに流し、電圧の微小な変化を音声に変換して、それを頼りに手術を行います。電極を当てる場所によって「ポンポンポンポン」になったり、「ポン…ポンポン…ポン」になったり、音のテンポが変化しますが、流れる情報の内容によっても神経ネットワークはそれぞれ異なる音を発します。
脳には痛みの受容体がないので、手術中でも患者と話をすることができます。上の有名な騙し絵「若い女性と老婆」の絵を見せ、若い女性と老婆のどちらが見えるか尋ねると、若い女性と答えた時と、老婆が見えたと答えた時では、「ポン」のテンポが異なります。これは、電極を当てた個所のニューロンが独力で知覚の変化を起こしているわけではありません。一つのニューロンは何千という他のニューロンとつながり合い、蜘蛛の巣のようなネットワークを形成しており、何十億というニューロンの協働の結果、音のテンポが変化するのです。観測者が捉える変化は、脳の広大な領域で起こるパターン変化の反映であり、脳内で一方のパターンが他方に勝つ時、見え方が決定されます。
アイスクリーム屋でバ...
Published 01/17/23
意識とは何かについての仮説(あくまでもこれって私の感想ですが)について話しています。普段は原稿の音読ですが、今回は初めての、原稿無しのフリートークになりました。内容は、「意識とは、苦しみのこと」という仮説の検証を、以下のような仏教の話を交えながら進めています。
仏陀の説いた「一切皆苦」の謎。
世界には、苦しいことも、楽しいこともともにあるではないか?
→...
Published 01/10/23
1987年5月23日の夜、自宅でテレビを見ながら眠りに落ちたケン・パークスは、妻の実家で仲の良かった義父と義母を殺害した後、最寄りの警察署に出頭し「僕は誰かを殺した気がする」と告げました。遺伝的な睡眠障害のあった彼は、後に夢遊病であることが裁判で認められ、釈放されることになります。人は意識のない状態で車を運転し、殺人を犯すことも出来てしまうようです。
20世紀初頭の科学者フロイトは、それまで悪魔の憑依や意志薄弱で説明されてきた精神疾患の原因が、目に見えない脳の活動、無意識にあることを発見し、無意識の解明を患者の治療に応用しました。精神疾患に限らず、私たちが何を考えどう行動するかは、無意識によって決められているのです。
先に与えられた刺激が後の刺激の処理の仕方に影響を与える現象を「プライミング効果」と言います。例えば、暖かい飲み物を持った人と、冷たい飲み物を持った人に、家族との関係について質問すると、前者は好意的な意見を言い、後者はやや好ましくない意見を述べます。悪臭漂う環境にいる人は、他人の行為に対して倫理的に厳しい意見を持ったり、ビジネスの取引の場で硬い椅子に座っている人...
Published 12/27/22
カップに入ったコーヒーをひと口すする、そんな単純な行動も何兆という電気インパルスが支えています。視覚系がコーヒーカップを捉えるためにその場を見渡すと、過去の同じ状況の記憶がよみがえり、前頭皮質から運動皮質へ信号が送られ、胴体・腕・前腕・手の筋肉収縮を正確に連係させてカップをつかみます。カップに触れると、神経はカップの重さ・位置・温度・取っ手のすべりやすさなどの情報を送り返し、その情報が脊髄を通って脳に流れ込むと、補完情報がまた送り返されます。基底核、小脳、体性感覚皮質、その他さまざまな脳の部位どうしのこうした情報の複雑なやり取りの結果、一瞬でカップを持ち上げる力や握力が調整され、長い弧を描くようにスムーズに口元までカップは持ち上げられ、やけどしないように液体が唇に流し込まれるよう筋肉の調整が行われます。
このような集中的な計算とフィードバックをやってのけるには、世界最速のスーパーコンピュータが何台必要になるか分かりません。ところが、その時意識されているのはテーブルの向こうにいる相手との会話の内容で、しかもその会話を成立させる唇の動きや呼気の調整も、意識されることはありません。...
Published 12/19/22
ハンナ・ボスレーという女性は、アルファベットの文字を見ると色を感じるそうです。Jには紫を感じますが、Tは赤く見えます。Hannahという名前なら夕日のように見えます。黄色で始まり、だんだん赤色になったあと、雲のような色になり、また赤と黄色へと戻るという具合です。一方で、Iainという名前などは嘔吐物のように見えてしまいます。これは共感覚と呼ばれる現象で、感覚や概念が混ざり合って経験される状態です。右の例以外にも、言葉に味がする人や、音に色が見える人などがいます。
私たちが見たり聞いたりしているものは、視覚や聴覚や味覚が捉えた光波や音波や分子が電気化学信号に変換され、脳の神経ネットワークで流通された結果生じる内部モデルです。人口の約3%いると言われる共感覚者の脳は、感覚領域間で信号の交じり合いが生じるようになっているため、他の人たちとは異なる内部モデルを作り出すのです。
人間は、周囲の世界には色があるものだと思って暮らしていますが、実際には外部世界に色はなく、電磁放射線の一部が物体に当たって反射したものを私たちの目が捉え、脳が何百万という波長の組み合わせを色として解釈し、内部...
Published 12/05/22
事業家であり、パラリンピックのスキー滑降金メダリストでもあるマイク・メイは、3歳で角膜が傷つき失明しながら、視覚を使うことなくスポーツでも事業でも超一級の結果を出していました。その彼が角膜手術を受けて、約40年を経て再び光を取り戻した時に見たものは、目の前に広がるただの光の大洪水に過ぎませんでした。色も形も無い光のシャワーの中に、ぼんやりとした暗い部分が散在するだけで、彼には物体が何かが分からず、奥行きの概念も分からず、光が戻る前よりもスキーは難しくなりました。
今あなたの目の前に見えている物の色や形や奥行きは、客観的に実在するものではありません。外界にあるのは太陽や電灯から放たれた光の反射だけで、眼球を通して網膜が捉えているのは光の波です。それが電気化学信号に変換され、脳内のニューロン間を駆け巡ることで色や形や奥行きが作られ、感覚として経験されるのです。
人間の脳の三分の一は視覚のために使われていますが、聴覚や臭覚や味覚や触覚にしても同じことは言えます。外界には音も臭いも味も、熱さ冷たさもありません。各器官が、受け取った空気の波・臭いの分子・味の分子・温度・質感を電気化学...
Published 11/22/22
近代合理主義の父である哲学者ルネ・デカルトは、魂が身体の一部である脳とは別に存在すると主張しました。脳の要素のほとんどは左右一対ずつあるのに対し、二つの大脳の間、脳の正中線上にある松果腺は肉体と精神をつなぐ特別な器官であり、感覚器官からの入力はこの魂の入り口に流れ込み、非物質的な魂の思考に作用する、というのが彼の説明です。松果腺は、概日リズムを調整するホルモン、メラトニンを分泌する内分泌器だと現代では解明されており、魂への入り口ではありませんでした。また、彼の言う魂・精神・心が、「意識」のことを指すのなら、その心身二元論は神経科学を無視した考えだと言わねばなりません。
1966年8月1日、チャールズ・ホイットマンという25歳の青年が、テキサス大学の構内で無差別に銃を発砲、13人を殺害し、自身も警察によって射殺されるという事件が発生しました。事件前夜、彼は既に妻と母を殺害しており、遺書も書いていました。そこには、「最近、わけのわからない異常な考えが次々と襲ってくる。・・・死んだら検死解剖をして、目に見える身体疾患があるかどうか調べてほしい。」と書いてありました。
事件後、検死...
Published 10/25/22
もし人類が意識を持たなかったら、この世界は存在していると言えるのでしょうか。もしある人が生涯を無意識のまま終えるとしたら、それは人生と言えるのでしょうか。私たちを取り囲む空間も時間も、私たちの意識無しには有り得ないものかもしれません。
一般に、意識は脳が作り出していると考えられています。確かに脳がなければ意識は生まれようがないでしょう。でも、脳だけで意識が生まれるとも言えません。何かが意識されるには、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚などの五感を請け負う目や耳が必要です。もちろん、五感等の感覚神経を失っても、思考することはできます。「われ思うゆえに我あり」と17世紀の哲学者デカルトが言ったように、思考があれば意識もあると言えるかもしれません。しかし、考える対象・情報がなければ私たちは何も考えようがありません。五感にしても、その対象となるものがなければ見ることも聞くこともできず、意識は生まれようがありません。意識は、脳を構成する神経細胞と目や耳などの感覚器官だけでなく、対象となる事物や情報によって生成されるとも言えるでしょう。
事実、睡眠状態と覚醒状態の脳波を測定すると、脳を構成す...
Published 10/03/22
人類の歴史は、その幸福にどんな意味を持っているのでしょうか。農業革命は大量の余剰食糧を生み、人口増加と文明化をもたらしました。しかし、人々は農耕可能な限られた土地に縛られ、穀物に依存して栄養状態は偏り、厳しい身分制や国家による戦争と殺戮を受け入れなければならず、狩猟採集時代の行動の自由や多彩な栄養を得る機会は失われました。
近代科学革命と資本主義により、人類の富は指数関数的に増大し、小児死亡率と平均寿命も改善しました。しかし、環境破壊で大量の生物種が絶滅し、交通事故による死、経済不況や社会関係による自殺、帝国主義戦争による大虐殺を引き起こしました。現代は比較的紛争が少ないですが、それも核の恐怖による平和です。
幸福についての研究は、富が拡大すれば一定水準までは確かに幸福度が上がると報告しています。しかし、貧困家庭が宝くじで一千万円を獲得するのと、億万長者が株取引で一億円得るのとでは、前者の方が喜びは大きいでしょう。一定水準を越えた富は幸福に影響を与えません。
生化学者は、人の主観的な快を決めるのは富や社会的関係ではなく、セロトニンやドーパミン、オキシトシンなどの生化学物質...
Published 08/18/22
ある人が銀行を始める。そこに建設業者が一億円預金する。パン職人がその銀行から開店のため一億円を借りようとする。その将来性を信頼した銀行は一億円を融資して、パン職人の口座へ入れる。パン職人は前出の建設業者に店の建設を依頼し、建設業者の口座へ借りた一億円を振り込む。この時、建設業者の口座には二億円が入っている。しかし、この銀行に実際にある現金は一億円だけ。
資本主義社会では、このような架空のお金を「信用」と呼びます。銀行は実際に所有する現金以上の額を、利子をつけて返済できる様々な個人や企業に貸すことで、実際の何倍もの架空のお金「信用」という虚構を生み出しているのです。
近代ヨーロッパは、科学革命が示す「進歩」と帝国主義が示す「拡大」を根拠に、「成長」という新しい信仰を創造しました。経済学者アダム・スミスは一七七六年に出版した『国富論』で、「利益を得た起業家がその利益を投資に使い、人を雇って更に利益を増すことが、全体の富と繁栄を生む」と論じていますが、科学と帝国への投資が、その進歩と拡大という利益を生み、資本主義への信仰を強めたのでした。
きっかけは、コロンブスなど探検家への投...
Published 08/17/22
西暦一〇〇〇年頃のスペインの農夫が、五〇〇年後の同じ土地にタイムスリップしたとしても、見知らぬ人々が営むその生活にカルチャーショックは受けなかったかもしれません。しかし、コロンブスに雇われた水夫がiphone 時代のニューヨークに到達したら、そこは天国か、地獄か、全くの異世界に見えることでしょう。
人類は認知革命や農業革命の前後で、全く異なって見える社会を形成し、人口と財と消費カロリーは飛躍的に拡大しました。しかし、五〇〇年前にユーラシアの西の辺境で始まった革命は、それ以前の革命を圧倒する急速な変化を人類社会に今も与え続けています。科学革命です。
歴史は原因と結果の連鎖ですが、その連鎖は必然的な運命に定められたものとは言えません。そこには常に偶然性が宿り、仏教やキリスト教やイスラム教ではなく、ゾロアスター教やミトラ教やマニ教が三大宗教と呼ばれていた可能性を否定する絶対的な根拠はありません。同様に、科学革命が中国やインド、イスラム社会や中米ではなく、ヨーロッパで起きたことにも絶対的な必然性はありません。この地が、中国やインドやギリシア・ローマの諸学を吸収したイスラム世界や、大...
Published 08/09/22
サピエンスの世界を統一、グローバル化していった最強の秩序は「貨幣」でした。あと二つ、これに匹敵する秩序として挙げられるものがあります。「帝国」と「宗教」です。
帝国と言えば、映画や小説の中ではたいてい悪役を演じ、多くの国々や民族を強力な軍事力によって侵略していく存在として、否定的に扱われています。しかし、文明化された社会で暮らすほとんどの人々は、何らかの帝国によって統一された文化を継承することで、そんな映画や小説を楽しんでいるのです。古代のヌマンティア人はローマ帝国の支配と戦って滅び、後にスペイン民族の精神的支柱となりましたが、彼らを讃えるスペインの言語と文化はローマ帝国のそれを継承するものでした。世界の大半は、何らかの帝国に侵略された悲劇を経験すると同時に、その帝国の文化を継承しているのです。
最初の帝国アッカドは周辺の諸民族を支配し、皇帝サルゴンはメソポタミアの一角を統治したにすぎないものの、全世界の統一者を自任していました。その後のアッシリアや新バビロニアの皇帝たちも同様に諸民族を統一し、無限の拡大を志向しますが、ペルシア帝国のキュロスなどは「お前たちを征服するのはお...
Published 08/06/22