意識と神経とアルゴリズム 第十二回『意識の棲み家』デイビッド・イーグルマン「あなたの脳の話」より
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 遠い未来の技術で甦ることを期待する人々のため、アルコー延命財団では、顧客の死後その肉体を凍結保存しています。全身凍結ではなく、頭部だけ保存する人々もいます。  凍結した肉体や脳を復活させる技術が登場するかしないかは分かりませんが、脳のデータをコンピューターにコピーして保存しておくことは不可能ではないかもしれません。人間の脳は860億のニューロンで出来ており、各ニューロンには1万の接続があるため、一個の人間の脳には1000兆の脳細胞間接続の独自パターンがあると言われていますが、それは現在の地球にある全てのデジタルコンテンツの合計と同じサイズのバイト数に相当します。しかし、コンピューターの能力は18ヵ月ごとに倍になっているため、あなたの神経回路のマップをコピーできる日が来るかもしれません。  ただし、神経回路図を保存してもそれだけで意識が生じるわけではありません。思考や感情や認識を生み出しているのは、細胞間の接続で実行される毎秒何千兆もの化学的物質の放出や、タンパク質の形態の変化、ニューロン軸索を伝わる電気的活動の波です。そのため、スイス連邦工科大学ローザンヌ校のヒューマン・ブレイン・プロジェクトは、人間の脳のシミュレーションを実行できるハードウェアとソフトウェアのインフラの完成を目指しています。  では、完全な脳のシミュレーションで意識は再現できるのでしょうか。それは知覚し、考え、自己を意識する存在となるのでしょうか。動物のニューロンとて物質でできており、電気的・化学的なやり取りをしているだけなので、細胞を回路に、酸素を電気に置き換えても、心を生み出す科学反応は起こせそうです。それなら、人間の脳のコピーでなく、人工知能でも心を持つことは可能に思えます。 しかし、自律神経も感覚神経も運動神経も、呼吸や栄養摂取といった生理反応によって活動できるものであると同時に、その生理反応を助け維持するために存在しているものです。生理によって心理が生まれ、生理のために心理が働くわけで、生命維持のアルゴリズムが神経系の活動である以上、維持すべき肉体がなければその活動は意義を持たなくなります。糖を必要とする肉体がなければ、「甘い」という快感の報酬系も生成されません。  肉体の生理が障害や矛盾に直面した時、神経系に葛藤が生じます。その問題を解決する新たなアルゴリズムを生む作用が思考であり意識であるなら、心と体は一つのものでしょう。
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Published 08/14/23
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