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椎名が乗り込んだ車は何事もなかったように、そのまま北署を出発した。
その様子を窓から眺めていた百目鬼が誰に言うわけでもなくつぶやいた。
「気づかれることを心配せず、椎名をおおっぴらに尾行できるだけマシになった。浮いた人員は別の方面に回せる。」
「油断は禁物です。」
片倉が苦言を呈した。
「心配してもどうしようもない。いずれにせよこれで椎名は丸裸だ。気楽にいこう。」
百目鬼が楽観的な見解を示したそのとき、椎名の車内に設置されたカメラからガサゴソと音が聞こえた。その場の百目鬼、片倉、岡田、富樫がモニターに視線を集中させた。
「椎名です。すいません。ちょっと体調を崩してしまって病院にいってました。え?あ、はい…今のところは…。いまそちらに向かっています。」
無断遅刻に関する勤務先への弁明だった。
「大事なことや。」
片倉は椎名の行動に納得した。
「片倉班長。」
岡田が片倉の名前を呼んだ。
「なんや。」
「この場でこんな相談をするのも何なんですが、気がかりなことがありまして。」
「いいよ聞くよ。言ってみろ。」
「何個かあるんですが。」
「なんだ?俺も聞く。」
百目鬼がそこに入ってきた。
いまここには普段接点を持てないほどの上位の存在である百目鬼、そして嘗てのバディ的存在である片倉の二人がいる。
今回のヤマはあらゆるところから重要情報がもたらされる。通常の公安業務とは比べものにならない。岡田の処理能力は限界に達していた。そこに情報を共有でき、相談できる存在が増えたと言うことはどれだけ心強いことか今の岡田には身にしみて感じるところだった。彼は半ばすがるように二人に話した。
「ボストークに目の写真…。」
「ええ。同じようなシチュエーションは先の天宮憲行の事件でもありました。」
「天宮憲行は自殺に見せかけたコロシの線が強いって言っとったな。」
「はい。天宮憲行の臨場は佐々木統義が担当していました。」
「なんやろう…気にはなるな…。」
片倉は顎に手を当てて何かを考えている。
「まだあるんです。」
さらに岡田は光定班の班長が行方不明になっていること、ボストークに調べに入っていた朝戸班の2名が行方不明になっていること、そして昨日のネットカフェ爆破事件の被疑者、冴木亮も未だ行方知らずであることを二人に報告した。
いままで自分の中で消化しきれずにため込んでいたことを吐き出すように。
「冴木は光定が殺害された時間の警備担当でした。その調べをしていたのが光定班の班長。やつは班長に言われて戻ってきましたと言って、ケントク部屋に一時帰還。マサさんが休憩中、無線の仕切りをしていました。」
「その無線で冴木は朝戸班の2名を内灘へ派遣指示。しかし今その2名が行方不明か…。」
「いっそ冴木のこと椎名にぶつけてみるか。」
こうつぶやいた百目鬼は周りに確認することなくその場で椎名にコンタクトをとった。
「百目鬼から椎名。」
「はい椎名。」
公安特課に寝返った椎名の対応は早かった。
「聞きたいことがある。いいか。」
「どうぞ。」
「冴木亮は今どこに居る。」
数秒、間があった。
「わかりません。彼は自分とは別ルートのオフラーナ要員です。」
知っていた。その場の人間が顔を見合わせた。
「連絡は取れるか。