Episodes
3-173-2.mp3 民泊の床下から続く通路は20メートル先の廃屋に通じていた。そこには生活の形跡はなく、何者かが常駐していた様子もなかった。ただ鑑識によるとバイクのタイヤ痕のようなものが確認されており、ここに出た朝戸は、そのバイクに乗って何処かへ移動したものと考えられた。 「駄目です。目撃情報はありません。」 地取り捜査の報告を受けた岡田は肩を落とした。 「自衛隊も公安特課も踏み込んだら対象居ませんでしたって…。」 昨日、自衛隊が踏み込んだアパートは今回の民泊とは目と鼻の先だ。どちらも常時監視という力の置きようで対応していたのにこのざまだ。こいつは四方八方から無能のそしりを受けるなと、気が滅入る岡田だった。 「地下通路って随分前から準備していたんですね。」 「…そうやろうなぁ。」 彼は机に広げられた現場付近の地図を見下ろしながら、生返事でしか応えることができなかった。 「ん?いま何て言った?」 「え?」 「あれ、お前、いま何て言った?」 「あ、いや、地下通路って昨日今日作れるもんじゃないでしょ。だから相当前からこのことを想定して準備していたんですねって。」 ...
Published 03/29/24
3-173-1.mp3 時刻は正午となった。携帯を見た椎名は、力なく首を振った。 「梨の礫か…。」 「こうなったからには、朝戸は捨てます。朝戸は発見次第排除お願いします。」 百目鬼に椎名が応えた。 「朝戸の合図を持って事が始まるんだろう。」 「私の統制下で事を起こす分には、それは制御可能ですが、事態はそうではありません。なので危険は排除しましょう。」 百目鬼は隣に居た片倉と目を合わせてひと言。 「わかった。」 これに椎名は頷いた。 「逮捕とか考えなくて良いです。その場で排除してください。」 「って言ってもな、俺らはそんなに簡単に民間人を殺傷できんのだよ。」 「なにも殺せと言っていません。朝戸を発見次第、片腕、片足を打ち抜いてください。物理的に何もできなくさせます。」 随分具体的な指示だな。そう呟いた百目鬼だったが、これに関しては椎名の言ったとおりに行動するよう現場に指示を出した。 「ん?どうした。」 ふと椎名を見ると彼はしきりに目をしばたたかせたり、擦ったりしていた。 「すいません。まつげか何かが入ったようです。トイレで顔洗ってきていいですか。」 「ああ。...
Published 03/29/24
3-172-2.mp3 腕時計に目を落としていた男が顔を上げると、前に居た男が頷いた。 ガラガラガラっと民泊の玄関扉を開くと、どこからともなく二人の背後から6名程度のアウトドアウェア姿の男らが現れ、物音ひとつ立てずに宿の中に全員流れ込むように入っていった。 「ごめんくださーい。」 「はーい。」 しばらくして奥から宿の主人が現れた。主人は目の前に突然屈強な男らが大勢現れたことに、驚きのあまり腰を抜かした。 「こちらに朝戸さんって方、泊まってらっしゃるでしょ。」 「あ、あ…。」 声すら出せない主人の驚きようだ。 「どちらに居ますか?」 この質問に主人はなんとか首を振って応える。 「わからない?」 これには頷いて応えた。 「そんなはずはないんだよなぁ。」 ちょっと中調べさせてもらうよと言って、主人は猿ぐつわをされ、両手両足を縛られた。 「はじめるぞ。」 リーダー格の男が握った拳を広げると、全員が宿の中に散らばった。彼らは手に拳銃のようなものを持っていた。 ただの民泊だ。朝戸を探すと行っても、時間はかからない。リーダー格の男は主人を前にどっかと腰を下ろして、報告...
Published 03/08/24
3-172-1.mp3 「わかりました。公安特課が一時的に居なくなる隙を狙って、突入します。」 「現場の報告によると、今現在、対象の民泊で働いているのは、そこのオーナーただひとり。利用者も朝戸一名や。」 「環境は整っているというわけですね。」 「ああ。ほうや。事前に潜入しとったトシさんが見る限り、特段、武装しとるふうには見えんかったようや。が、油断は禁物。施設にどういった仕掛けが施されとるかわからんしな。」 「了解。」 ふと神谷は時計を見た。時刻は8時20分だ。 「こちらは0830(マルハチサンマル)をもって拠点制圧を開始します。」 「頼む。」 神谷は側の一郎にその旨を即座に指示した。 「アルミヤの方は何か分かったか。」 「金沢駅近辺にあった奴らの痕跡が一斉に消えました。」 「消えた…。」 「はい。攻勢の前触れかと。」 「それは自衛隊の方も把握しとれんろ。」 「勿論です。ただ…。」 「ただ、なんや。」 「例の影龍特務隊が気になりまして。」 「気になるとは。」 「中国語で会話をするビジネスマン風の人間がちらほらあるようです。」 「金沢駅にか?」 「はい。同様に観光客も居ま...
Published 03/08/24
3-171.mp3 - 椎名はテロ実行直前までチェス組と連携し彼らをエスコートする。そこに警察は介入しないこと - 実行直前に公安特課の出番をつくるので、相応の人員を用意すること - 空閑と朝戸にはしっかりと専任者を配置し、勝手な動きをしないよう監視を強化すること - サブリミナル映像効果を少しでも薄めるため、こちらで用意した動画をちゃんねるフリーダムで短時間で集中的に配信すること - テロは爆発物によるものであるはず。可能性を徹底的に排除すること - 朝戸がテロの口火を切る行動をし、その後にヤドルチェンコがウ・ダバを使ってさらにそれを派手なものにする手はずである。したがってウ・ダバらしき連中の行動はつぶさに報告を入れること -...
Published 02/23/24
3-170-2.mp3 「っくしょん!」 パソコンの前に座ったままで目を瞑り、軽く睡眠をとっていた椎名はくしゃみによって目を覚ました。 自分の体調について尋ねる声はない。椎名を監視しているはずの片倉や岡田といった連中も今は眠っているのかもしれなかった。 しかしこちらから向こうの様子は見えないので迂闊な言動は慎むべきだ。とりあえず椎名はSNSのタイムラインを流し読みすることにした。 ハッシュタグ立憲自由クラブでフィルタリングされたそこには、日章旗と旭日旗が入ったアイコンがよく見られる。その中で椎名は「日本大好き」という名前のアカウントが時々ポストしているのを発見した。 やるしなかない 戦うしかない 完全にもう俺らは米帝の植民地だ 出たとこ勝負でもいいじゃないか 全ては行動あるのみ 何か薄ぼんやりとした何かを鼓舞するポストだ。 椎名は即座にこのポストを縦読みする。 ーや た か で す 続けて日本大好きアカウントは以下のポストをした。 川岸からの合図で動くとしよう ー川岸…岸…。騎士…ナイトか。ナイトの合図で始まると言うことだな。 桃は未だ見ず ー桃…? 椎名は...
Published 02/09/24
3-170-1.1.mp3 金沢市郊外の築古マンション。その一室にウ・ダバの構成員の一部が潜んでいた。 「おい起きろ。」 هيه استيقظ 肩を小突かれたアサドはやっとの思いでその目を開いた。 「もう6時だ。いつまで寝てんだ。メシを食え。」 إنها الساعة السادسة بالفعل. كم من الوقت نمت؟ كل الطعام. 「ああ、すまない。」أه آسف. アサドの目の前の男性は苛立っていた。 この部屋の間取りは2LDK。アサドが目を覚ましたこの部屋には、大型のアタッシュケースのようなものが多数置かれている。 「早くしろ!」أسرع -...
Published 02/09/24
3-169-2.mp3 「拉致被害者を全員返還ですと!?」 「はい。このことはこちら側に陶晴宗を引き込んだ、あなたの功績に依るものが大きいですよ。」 応接用のソファに座り正対する仲野の身体がどこか震えているように見えた。 「しかし、冒頭申し上げたとおり今回のテロを制圧することが条件です。」 「…鵡川総理はなんとおっしゃてらっしゃるのですか。」 「総理には私からまだ詳細をお話ししていません。」 「えっ?」 「仲野先生のご意見を拝聴した上で、総理の決断を仰ごうと思いまして。」 「どうして…。私の意見なんぞ、この段階では必要ないでしょう。」 「いいえ。」 こう言うと静かに櫻井官房長官はソファを立ち、床に座り直した。そして両手をついてそのまま深々と頭を垂れた。 「仲野康哉先生。鵡川内閣の特命担当大臣に就任ください。」 「いや待ってください。私は野党前進党の幹事長です。貴党から適任者を選抜してください。」 「いいえ。この拉致被害者返還交渉特命大臣は、ツヴァイスタン一国との交渉だけでなく、その背後に居る旧宗主国ロシアとの調整作業も重要な任務となります。しかしながら我が党には先生ほど...
Published 01/19/24
3-169-1.mp3 今回のテロ計画はオフラーナの暴走であり、政府は一切関与していない。 またそのテロ計画をツヴァイスタン人民軍は、民間軍事会社アルミヤプラボスディアをして、阻止せしめようとしているわけだが、その内容はテロ実行部隊の殲滅を企図している。これはオフラーナの実働部隊であるウ・ダバの無力化のためで、この作戦で人民軍は、オフラーナに対して優位に立つことを画策している。 つまり今回のテロ計画を発端とした武力抗争は、日本を舞台にしたツヴァイスタン人民軍と秘密警察オフラーナとの権力闘争である。 そうツヴァイスタン外務省は認めた。 しかしオフラーナと人民軍、この二つの組織がツヴァイスタンの実質的な支配を行っている現状、政府指導部は彼らに歯止めがかけられない。ロシアに二つの勢力の仲を取り持つよう相談はしたが、他国の内政に関わる筋合いはないと突っぱねられた。 日頃、宗主国面して内政の様々に干渉してくるくせに、いざというときに知らん顔を通されたわけだ。 知らん顔ならまだしも、かの国はオフラーナと人民軍の双方の過激派に肩入れして、対立を煽ってすらいるようにも見受けられる。 この...
Published 01/19/24
3-168.mp3 深夜、都内の静かな高級ホテルの一室で、緊迫した会議が行われていた。 窓の外は漆黒の闇に包まれ、部屋の中の緊張が余計に際立っている。 ツヴァイスタンの代表者、エレナ・ペトロワとイワン・スミルノフは、不安と戸惑いを隠せずにいた。彼らの目的は、日本でのオフラーナと人民軍の対立を終わらせることだったが、予期せぬ展開に直面していた。 一方、日本政府側の代表、内閣情報調査室の関孝雄と陶晴宗は、冷静な表情を崩さずにいた。 特に陶は、この状況における重要な駒であることが明らかになっていた。 「彼は貴国のオフラーナの協力者です。」 こう関が静かに告げたとき、エレナとイワンの表情には驚きが浮かんだ。 彼らは日本国内で起こり得るオフラーナと人民軍との抗争を止めるための情報を求めていたが、この新たな事実によって彼らの計画は複雑なものとなった。 エレナが陶に質問を投げかけると、彼からの答えは静かながらも重いものだった。 朝倉忠敏という名前が話題に上がり、彼の影響力がツヴァイスタンにまで及んでいることが明かされた。朝倉は、日本国内でのオフラーナの活動に深く関わっており、その力は...
Published 01/05/24
3-167-2.mp3 現在 エレナは窓辺に立ち、東京の輝く夜景を眺めていた。 「姉さん。これが外の世界よ。」 冷めた声で独りごちる彼女は、その美しさに心を奪われることはなかった。 彼女の心は、姉のアナスタシアが連行されたあの日に囚われている。 彼女が最後に交わしたあの切ない微笑みを、エレナは決して忘れられなかった。 彼女はツヴァイスタン外務省の国際戦略調整局に所属し、国際政策の策定や戦略的情報分析、危機管理などの重要な任務に就いている。だがそのすべての知識と能力をもってしても、オフラーナの壁は厚く、姉の安否についての情報は一切手に入らなかった。 彼女がいまどこで、どうしているのか― ―生きてさえいるのかさえも。 ホテルの部屋でひとり、エレナは姉が引き起こした「外を見たい」という単純な願いが、どれほどの結末を迎えたかを思い返す。 アナスタシアが秘密警察に連行されるシーンが、彼女の脳裏に焼き付いて離れない。 そのすべての原因を作ったのは仁川である。 彼女は仁川を憎んでいた。 彼がいなければ、姉は今も自由だったかもしれない。 彼がいなければ、彼女が抱いていた外の世界への...
Published 12/17/23
3-167-1.mp3 6年前 仁川征爾は査問委員会の厳粛の中心に座り、委員たちの厳しい視線を一身に受けていた。 部屋の空気は緊張で張り詰めている。オフラーナの制服を身に纏った委員たちの表情は、仁川の忠誠心を疑うかのように冷ややかだった。 「では始めよう。」 委員長が静かに宣言し査問が始まる。 問いは鋭く、彼の過去をえぐるようだった。仁川の答えは慎重に選ばれ、かつ相手に悪感情を抱かせないように自信をひた隠しにしていた。彼は自分の二重スパイとしての任務を隠し続けながらも、オフラーナという組織への忠誠を誓うような言葉を巧みに操っていた。 この場はツヴァイスタン人民共和国オフラーナによる査問委員会だ。 会議室の壁に掲げられた国旗の下で、仁川は訓練された自らの能力と冷静さを示し続ける。 彼の真の任務、つまりツヴァイスタン人民軍の情報部員としての役割は、心の内にしっかりと秘めながら。 査問委員会が終わりに近づくと、仁川は内心でほっと一息ついた。 「査問委員会は、仁川征爾の疑いは晴れたと結論づける。」 これが、日本に向けて潜入する最終テストだった。 仁川はこれから日本での...
Published 12/17/23
3-166-2.mp3 小便器の前に立って用を足す椎名の背後から声が聞こえた。 「Присоединение капитана к войскам завершено.部隊合流完了。」 「Я слышал, что продукт был передан стороне "У Даба".例のブツはウ・ダバ側にわたったらしいな。」 「Извинения.申し訳ございません。」 「Никогда больше не делайте так плохо надписи на дне кофейной чашки и не присылайте мне информацию. Это оставляет следы.コーヒーカップの底面に文字を書いて俺に情報を寄越すような下手なやり方は二度とするな。 痕跡が残る。」 「Однако слежка настолько сильна, что информация не может быть передана майору.しかし監視の目が強くて、少佐に情報を流せません。」 「О чем вы говорите. Так можно...
Published 12/01/23
3-166-1.mp3 立憲自由クラブによる明日の 金沢駅での決起集会の予行演習。これを阻止せよ。そう椎名に指示を出して1時間ほど経過した。 現在は4月30日木曜。時刻は20時になろうとしていた。 「片倉班長。」 岡田が片倉の側にやってきた。彼はベネシュが乗ったと思われるハイエースの動きを捕捉するべく、相馬からの情報を元に所轄署との連携をとっていた。 「相馬の抑えたハイエースですが…。」 岡田の表情が成果を物語っていた。 「駄目やったか。」 「早々に乗り捨てられてました。」 敵も然る者。そう片倉は言った。 「こちらの動き、気づかれたか。」 「それは分かりません。車が乗り捨てられていたのは金沢駅から1キロ程度離れた病院の駐車場です。発進から間もない地点での移動手段の変更ですから、当初から予定されていたものかもしれません。」 「やるな…。」 で、相馬は今何をしてると片倉は聞いた。 「彼は古田さんと自衛隊の連中とで金沢駅のPBに居ます。」 「PBで何をしとる。」 「予想されるテロ行為への対応可能性を協議しています。」 「ほう…。」 「機動隊の協力が欲しいとの申し出で...
Published 12/01/23
3-165-2.mp3 「Хорошо. Но будьте умеренны. Не поднимайте шума. О, да. Это обнадеживает. Я бы предпочел, чтобы вы считали это демонстрацией силы с нашей стороны.そうか。しかしほどほどにしておけよ。決して騒ぎを起こすなよ。ああそうだ。それは頼もしいな。むしろ我々の力の見せ所と思って欲しい。」 「Да, я вижу. Вот этот.ああ見えた。あれだな。」 「Но... что это за пробка? Будет ли завтра в это время так же оживленно?しかし…なんだこの渋滞は。明日のこの時間もこんなに混雑してるのか?」 「Понятно, дождь тому причиной... Но, наверное, так и будет, когда я поеду домой в...
Published 11/17/23
3-165-1.mp3 四畳半程度の部屋の真ん中にあるデスクでラップトップ型PCを向かい合うのは椎名賢明だ。インカムをつけた彼はビデオ会議ツールで外の捜査本部のスタッフとコミュニケーションをとっていた。 ドアをノックする音 「はい。」 資料ですと言って、男が紙の束を持ってきた。 椎名はそれをご苦労様ですと受け取った。 続けて彼は紙コップに入ったコーヒーを椎名の前に差し出した。 これには椎名は紙コップに目を落とし「ありがとうございます」とだけ言ってそれを受け取った。 男は頭をぺこりと下げ、椎名とはなんの会話もせずにそのままこの場から立ち去った。 「何や。コーヒー頼んでいたのか。」 片倉の声がイヤホンから聞こえた。 「はい。」 椎名がこう応えても片倉は何も言わなかった。 コーヒーをすする音 視線を部屋の隅に移す。そこにはこちらの様子を覗うカメラがあった。 「今のところ、チェス組の動きはどうや。」 「空閑はホテルで待機、朝戸は例の民泊にまだ滞在しています。」 片倉は岡田を見た。椎名の証言が現在公安特課が把握している現状と一致していたため、岡田は首を縦に振った。 ...
Published 11/17/23
3-164.mp3 「久しぶり。トシさん。」 取調室の中に入ってきたのは片倉だった。 それを目で追いながら古田が言った。 「なんや、なんでお前がここに居るんや。」 「いろいろあってな。」 「ちっ。」 古田は舌打ちして片倉から目をそらした。 「何け。」 「お前もあれか。」 「何?あれって。」 「おめぇもワシのこと厄介払いしとるんか。」 片倉はあきれ顔を見せた。 「まー厄介や。」 「あん?」 「厄介やわいや、んな直ぐ一歩歩いたらさっきのこと忘れるんやしな。」 「おいおめぇ人のこと呆け老人呼ばわりしやがって。」 「トシさん。俺だって受け入れるのに苦労しとれんて。」 「ふざけんなや!くそったれが!」 「待て待て!」 古田は立ち上がり部屋から出ようとする。しかしそれは片倉によって力ずくで押さえ込まれた。 「トシさんだけじゃねぇんげんて。」 「は?」 「石大病院通院者にトシさんのような症状でとる人間多数。」 「え…何やって…。」 「おそらくこれはすべて光定公信による人体実験の影響や。」 「人体実験?」 片倉の制止を振り切ろうとしていた古田だったが、ひとまず落ち着きを取り戻...
Published 11/03/23
3-163-2.mp3 「あり合わせで用意しました。」 そう言って出されたのはハンバーガーだった。 「自分、奥にいますのでごゆっくり。」 マスターが奥に引っ込んだを見届けてふたりはそれを頬張った。 「うまい。」 京子も三波もその確かな味に唸る。 「このボストークって最近映えるとかで有名な店だろ。」 「はい。」 「この手の雰囲気重視の店って、どっちかっていうと味は微妙ってのが多いけど、ここは違うね。」 「そうでしょ。しっかりおいしいんです。」 「ランチですとかいってワンプレートのもん出されても、え?こんだけで1,000円するのって量の店もあるじゃん。でもほらこのハンバーガー、普通に大きいんだけど。」 「まかないっていうのもあるかもしれませんよ。」 「あ、そうか。」 「ってか肉がおいしいですよ。これ。よくみたら網で焼いてる。」 「本当だ。くそー…しっかしなんか悔しいな。」 「何がですか?」 「なんか女子とかカップルとかでキャッキャ言って映えばっかり気にされる店にされてんじゃん。」 「なんですか三波さん。私のことそのキャッキャしてる女子って言ってんですか。」 「いやそうじ...
Published 10/20/23
3-163-1.mp3 「失礼します。」 スライドドア音 「あぁ京子か。」 身支度をする三波の姿があった。 「もういいんですか?」 「まぁ、正直良いか悪いかわかんない。主治医がいなくなっちまったからな。」 京子は返す言葉を失った。 「どこまで知ってる?」 三波の質問の真意を測りかねる京子はただ首を振って応えるだけだった。 「で俺から根掘り葉掘り聞き出してやろうってことでここに?」 「そんなところです。」 彼はため息をつく。 「残念だけど、今回ばかりはお前に話せることはない。」 「どうしてですか。」 「俺らのような民間人がしゃしゃり出るのは控えた方が良い。」 「自粛ですか。」 「まぁそんなところだ。」 「三波さんもそんなことを…。」 「俺も?」 「…はい。」 「なんだその言い方。何と一緒にしてる?」 京子はネットカフェ爆破事件を報じるメディアが、地元石川のメディアに留まっていることを三波に伝えた。 「私が調べたところ、警察からの要請で報道協定を結んだとかじゃないんです。各社が自主的に報道していない。」 「報道各社が自主規制か…。」 「はい。」 「どうせそん...
Published 10/20/23
3-162-2.mp3 「なに?突入した!?」 朝戸班からの報告を受けた岡田は大きな声を出した。 普段大きな声を出さない彼がこのような反応を見せるのは珍しい。テロ対策本部の中のスタッフが一斉に彼を見た。 古田が朝戸が泊まる宿近くのアパート部屋を何件か当たったところ、屈強な男らがそこに合流。突如としてその中の一室に踏み込んだとの報告だった。 「それってまさかトシさんが?」 「いいえ。どうもそうじゃないようです。古田さんはその場に越し抜かすように座り込んでしまってました。」 岡田は片倉を見ると彼はそれにうなずいて応えた。 「トシさんは。」 「なんかぼーっとしてます。」 「保護しろ。」 「え?」 「保護してここまで連れてこい。事情を聞く。」 「わかりました。」 「朝戸は引き続き監視するんだ。」 「了解。」 電話を切った岡田が頭を振るのを見て、片倉は口を開いた。 「自衛隊か。」 「おそらく。」 「ってことはアルミヤプラボスディアがそこに。」 岡田は二度うなずいた。 「とうとう動いたか。」 「テロを明日に控え、いつ動いてもおかしくありませんから。」 百目鬼が険しい顔をし...
Published 10/06/23
3-162-1.mp3 「もぬけの殻…だと…。」 「はい。」 赤石は頭を抱えた。 「監視していたんだろう。」 「はい。常時監視していました。」 「どうしてこんなことが起きる。」 「アパートの一階の床下に立坑発見。」 「立坑…。」 「現在、中を捜索中です。」 「十分に注意されたい。」 「了解。」 電話を切った赤石は歯ぎしりした。 「アルミヤプラボスディアの手がかりが消えた…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「陽動成功。」 「よくやった。」 「引き続き地点デルタにて待機する。」 「ではこちらも合流する。」 「了解。」 短いやりとりをしてベネシュは携帯電話を机の上にそっと置いた。 そして備え付けの電話でフロントに連絡を取る。 「いかがしましたか。」 「ちょっと飲み物をこぼしてしまってね。なにか拭くものが欲しい。」 「かしこまりました。」 間もなく男が部屋にやってきた。 「そろそろ俺もここを出る。」 「外に見張りらしき人間がいます。」 「何名だ。」 「二名です。」 ベネシュは苦笑した。 「舐められたもんだな。」 「はい。」 「引き...
Published 10/06/23
3-161-2.mp3 「国土交通省と気象台によりますとこの大雨で石川県の金沢市を流れる浅野川は芝原橋観測所と天神橋観測所で「氾濫危険水位」に達しました。国と気象台は洪水の危険性が非常に高まっているとして「氾濫危険情報」を出して厳重に警戒するよう呼びかけています。自治体の避難情報を確認するとともに浸水のおそれのない場所に移動するなど、安全を確保するようにしてください。」 宿を追い出された古田は避難所である近くの小学校にいた。 避難所にあるラジオから、現在の大雨の状況が古田の耳に入ってきていた。 「代わりの宿は?」 「一応抑えれたんですが、この雨ですから。」 「タクシー呼ぼうか。自分の知っとるタクシー会社なら来てくれると思うよ。」 「あ、えぇ。いや、一応仕事の関係の人が迎えに来てくれるって事になりまして。なんでしばらくだけここに居ても良いですか。」 「しばらくって?」 「迎えに来るまで。」 「ラジオでも言っとるように浅野川の上流で氾濫危険水域やって言っとるし、すぐにここの辺りもそうなる。雨が弱まれば少しは安心なんやけど…。」 「スマホで雨雲レーダー見たら、あと20分ほどで雨脚...
Published 09/22/23
3-161-1.mp3 卯辰一郎の朝戸調査報告は第一報からちょうど6時間後の16時に行われた。 第一報で明らかになった人物、朝戸の妹殺害のもみ消しを図った疑いのある白銀篤についてである。 「ある日忽然と姿を消した?」 「はい。家族全員失踪。奴が済んでいた家は荒れ放題です。白銀の自宅の周辺住民曰く、近所付き合いがほとんど無い家庭だったようです。なので気がついたら家の草が生えっぱなしになって荒れていたと。」 「何か手がかりのようなものは。」 神谷の問いかけに卯辰一郎は首を振って応える。 「ヤサに踏み込ませたんですが、ただ散らかっているだけでめぼしい情報は何一つありませんでした。」 「くさいな。」 「はい。プロの仕業かと。」 「まさか朝戸が白銀を始末したとか?」 いやそんなはずなはい。朝戸が白銀を始末すればその復讐心は満たされる。彼のゲームはこれで終わりだ。神谷は自分の発言を即座に撤回しようとした。 「カシラ。実は自分もひょっとしてと思っていまして。その線。」 「え?」 一郎の言葉は神谷にとって意外だった。 「うん?どういうこと?」 「いや、白銀篤って名前は出てくるんで...
Published 09/22/23
3-160.mp3 「県内は前線の影響で大気の状態が非常に不安定になり金沢市では大雨となっていて、金沢市昭和町では午後3時半までの1時間に55ミリの非常に激しい雨が降りました。気象台と県は金沢市に土砂災害警戒情報を発表し、土砂災害や低い土地の浸水、河川の増水に警戒するよう呼びかけています。 金沢地方気象台によりますと、30日の県内は梅雨前線の影響で大気の状態が非常に不安定になっていて、金沢と野々市市では大雨になっています。 金沢市昭和町では、30日午後3時半までの1時間に55ミリの非常に激しい雨が降りました。 30日午後4時半時までの3時間に降った雨の量は金沢市昭和町で90ミリ、野々市市で50ミリなどと急速に雨量が増えています。 金沢市と野々市市には午後3時40分ごろまでに大雨洪水警報と土砂災害警戒情報が出されています。 県内はこのあとも大気の不安定な状態が続き、31日にかけて1時間に降る雨の量はいずれも多いところで加賀地方で40ミリ、能登地方で30ミリと予想されています。」 スマートフォンで地域のニュースを見ていた相馬はそれを閉じた。 彼は金沢駅の構内にあった。 現在時刻は...
Published 09/08/23