Episodes
3-183-3.mp3
ドローンが機動隊車両の上空に達したかと思うと、突如として激しい閃光が放たれた。次の瞬間、爆音とともにドローンが自爆し、その衝撃が車両に直撃する。
軽めの爆発音
爆発音は雷鳴のように周囲に轟き、もてなしドームを揺るがした。その音は商業ビルのガラスを震わせ、破片が空中を舞った。
吉川「伏せろっ!」
吉川がSAT隊員に大声で言った。
大きな爆発
車両の中に積まれていた火薬が誘爆した。炎が瞬く間に車両全体を包み込み、巨大な火の玉が金沢駅前を照らし出した。爆風は猛烈で、周囲の車両や建物に衝撃波が伝わり、商業ビルの窓ガラスが次々と割れて粉々に飛び散った。爆風は人々をなぎ倒し、もてなしドームに響く悲鳴が一瞬でかき消された。
爆発の熱気が瞬時に周囲を焼き尽くし、煙が高く立ち上る。黒煙は駅前を覆い、街の美しい景観を恐ろしい戦場に変えた。ビルの上層部からは、火災警報の音が鳴り響き、壊れた窓からは煙が漏れ出す。瓦礫と車両の破片が周囲に散らばり、現場は一瞬にしてカオスと化した。
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椎名はSAT指揮車両の中...
Published 10/25/24
3-183-2.mp3
特殊作戦群「こちら特殊作戦群、これよりアルミヤプラボスディア掃討のため現場に介入する。SATは援護を頼む。」
無線の一報が入った瞬間、戦場のすべての勢力が息を呑んだように思えた。
自衛隊の特殊作戦群が戦闘に介入する。
それは、当該部隊が創設され初めてのことである。しかも現場は日本。
すべての当事者が、その異様な光景に困惑し、動きを止めた。
片倉「特殊作戦群やと…。」
公安特課テロ対策本部の片倉がこれ以上の言葉が出ないようだった。
相馬「特殊作戦群…。」
駅交番で児玉と共に待機する相馬も、この部隊名称を呼ぶのが精一杯だった。
森本「特殊作戦群だと…。」
機動隊車両に待機していた森本と高橋は思わず喉を鳴らした。
古田「特殊作戦群…。どこから来る…。」
商業ビル7階で機動隊員に保護される中、古田は神妙な面持ちで呟いた。
一郎「特殊作戦群か…面白い…。」
ビル屋上でライフルスコープを覗き込む、卯辰一郎だけは不適な笑みを漏らした。
特殊作戦群「こちらの情報ではアルミヤプラボスディアは地下より地上へと突入を試みているとの情報だが間違いないか。...
Published 10/25/24
3-183-1.mp3
外国人観光客の保護を名目に、ウ・ダバの制圧を試みる。それがトゥマンの当初計画だった。だが、その仕込みの外国人観光客が全員殺されてしまった。そのため彼らを保護する行動という名目はなくなってしまった。
先ほどから仁川と無線連絡を取ろうとするも応答はない。
爆発音
トゥマンA「少佐による合図です。」
轟音と共に金沢駅のもてなしドームが煙に覆われた。
トゥマンA「爆発と同時に車両火災が発生した模様。炎と黒煙が上がっています。視界不良。」
この状態ではこちらから伝令を寄こすのも難しい。
トゥマンA「隊長。」
商業ビルの状況を知った上での仁川のこの爆破かどうかは分からない。しかしだからと言ってここでの撤退はあり得ない。アルファの犠牲についてはひとまず置いておこう。そうベネシュは仕切り直した。
ベネシュ「ベータ、ガンマ。聞こえるか。」
トゥマンB「ベータ聞こえます。」
トゥマンC「ガンマ聞こえます。」
ベネシュ「突入開始だ。対象ウ・ダバ。やつらを制圧せよ。」
トゥマンB「了解。」
トゥマンC「了解。」
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Published 10/25/24
3-182-2.mp3
朝戸は商業ビル1階まで降りてきた。
ー藤木さんよ…。あんたやっぱり警察の人間だったんだな…。
偶然が過ぎた。沙希が眠る寺で偶然出会い、宿も偶然一緒。これを縁としてセバストポリとかいう喫茶店で食事し、他愛もない話で世代を超えて盛り上がる。沙希の姿を投影した山県久美子の様子を見て、気を落ち着かせようと彼女の勤務先の近くにいると、ここでもまた偶然、藤木と遭遇。そこでまさにこのコーヒーチェーン店で自分の孤独について吐露した。このコーヒーチェーン店で記憶は消え、気がつくと宿に自分の身があった。どうやら帰路で気を失って倒れていたところを偶然、藤木に助けられたらしい。
ここまでくると偶然とは言いにくい。朝戸は意識して藤木と接点を持っていたわけではない。となるとそうだ。藤木の方が朝戸との接点を意図的に持っていた。そう考えるのが自然だ。
薄々わかっていた。しかしそれを信じたくなかった。だから気づかないふりをしていた。
これが「情愛」か。
藤木との交流を通じて朝戸が知った人間としての温かみ。これまでの孤独に沈んでいた彼にとって、それは何かに似た体験だった。
この感覚は...
Published 10/04/24
3-182-1.mp3
「おい。あれ。」
吉川が妙なものを見るような声を出したため、相馬と児玉は彼の指す方を見た。
窓の外に自動小銃を小脇に抱えてこちらの方に悠然と歩いてくる男の姿があった。
咄嗟に相馬は本部に照会をとった。
「駅交番から本部。」
「はい本部。」
「音楽堂の方面から鼓門方面に徒歩で移動する、武装した男一名あり。」
「それが椎名賢明だ。」
「椎名は何を?」
「予定より少し早いがウ・ダバをおびき寄せることになった。」
「この状況下でですか?商業ビルの状況もまだ把握できていないのに?」
貸せと言って児玉が相馬から無線トランシーバーを取り上げた。
「本部、本部。こちら駅交番、共同作戦を担当する自衛隊の児玉です。」
「自衛隊?」
自衛隊という単語を無線から聞き、本部の通信員は一瞬ひるんだように感じられた。
「警察の作戦は承知しているが、この状況でウ・ダバを引き込むのは更なる混乱を招く恐れがある。第一椎名の装備がおかしい。」
「装備がおかしいとは?」
「小銃を携行するのは別に問題ないが、背中に背負っているアレはRPGだ。」
「RPG?」
児玉が説明する状況を本...
Published 10/04/24
3-181-2.mp3
銃撃数分前
「はぁ…はぁ…はぁ…。」
ようやく6階の階段踊り場にたどり着いた古田は息も絶え絶えだった。
疲労により腰をかがめた状態の彼は、階段の手すりから手を離し、自分の膝をぐっと押す。
やっとの思いで、彼は背を伸ばすことができた。
ついさっき、パンパンという銃声と後に凄まじい連射音が聞こえた。自分のような警官が所持しているハンドガンの音ではない。連射機能を備えた自動小銃の音だ。こんなところでボヤボヤしている場合ではない。すぐに銃声の聞こえた方に向かいたいが、身体が思うように動かない。
「古田から相馬。」
「はい相馬。」
「たった今、最上階のあたりで自動小銃の連射音が聞こえた。状況、把握できているか。」
「え!?」
「商業ビル班は7階に応援を寄こしたって言っとったよな。」
「は、はい。」
「そいつら…どこ行ったんや…。」
こう古田がぼやいたと同時に、彼は体勢を崩した。右足が粘り気のあるものを踏んだためにずるりと滑ったのだ。
「ああっ!」
咄嗟に階段手すりを掴むことができた彼は転倒を回避した。
「古田さん。一旦引き返した方が良いんじゃないです...
Published 09/20/24
3-181-1.mp3
ここは金沢駅隣接のマンションの一室。必要最低限の通信機材とパソコンが配されたそこには、それを操る通信員と武装した男達が所狭しと待機していた。
ベネシュを頭とするトゥマンは部隊を何個かに分けて、この場所に到着した。1時間前のことである。
当局が民間人を金沢駅周辺から事前に避難させるようだとの情報を入手したベネシュは、その混乱に乗じて部隊の内3名と、現地協力者の7名でもって商業ビルで威力偵察を仕掛けるよう命令を出した。
公安特課や自衛隊が混乱に対してどういった対応をするかを事前にある程度把握するためである。
「避難行動が始まったら、出口である1階は混乱する。そこで発砲し、当局がどう捌くかを見極めろ。特に外国人に対する避難誘導の手際を知りたい。その際、避難民にけが人が数名出ると良い。怪我の程度は軽傷だ。それに関する対応の状況も見たい。」
作戦の意図を示してベネシュはトゥマンの中から3名選抜した。チームαと名付けられた彼らは現地協力者と共に任務のため商業ビルへと向かっていった。
予定通り商業ビル1階で彼らは発砲した。それにより商業ビルから既に避難誘導されて...
Published 09/20/24
3-180.mp3
17時半
「おい!椎名!マサさん!返事しろ!」
片倉が無線機から何度も椎名と富樫の名前を呼ぶ声が聞こえていた。
「Слава...
Published 09/06/24
3-179-2.mp3
金沢駅隣接の商業ビル。ここでは30分前から施設の緊急点検を行うということで、ビルに入居する店舗と来店客に一斉退去を求めていた。
山県久美子が店長を務める店舗も例外ではなく、アルバイトを先に帰宅させた彼女は売上金や釣り銭を手持ちの巾着袋にまとめて、それを抱えて業務用の階段で移動していた。
「久美子!」
人の流れに逆らうようにこちらに向かって来る者があった。
オーナーの森である。
彼女らは一旦人の流れから距離をとった。
「なんだかショップの方が騒がしいって聞いてきたら、なにこれ。」
「設備に不具合があったらしくて、緊急の点検のため全員退去しろって。」
「そんな馬鹿なことある?」
契約警備会社だけでは対応ができないのか。POLICEと書かれたジャケットを羽織る人員もその誘導にかり出されていることを森は久美子に指摘した。
「ひょっとしたら爆発物とか見つかったのかもしれないわよ。」
「確かに…警察まで出てるって普通じゃ考えられませんね。」
「正直なこというとパニックになっちゃうから。」
もしもそうだったらこんなところで油を売っている場合ではない。森は久...
Published 08/23/24
3-179-1.mp3
青と白のストライプ柄の機動隊車両が音楽堂側の道路に駐車した。
車の中では様々な通信機器が搭載されていて、頻繁にどこかと交信している様子だ。
「あと30分。」
腕時計に目を落とした富樫が呟いた。
「5分前に出るか。」
「はい。」
富樫と横に並ぶように座っているのは椎名賢明だ。この車両の中には彼ら二人と機動隊員3名。通信手が2名の総勢7名が居る。
椎名は窓に掛けられたカーテンに隙間を作り、そこからのぞき込むように外の様子を見た。窓に張り巡らされた鉄格子が視界を邪魔した。
鉄道の運休が発表された駅からは続々と人が捌けていた。バスを待つ人の列が目立つ。
視線を隣接の商業ビルのほうに移すと、そこからも人がバラバラと出てきている。彼らもこのバスの列に加わるのだろう。
「あの人達はどれくらいで捌けるんですか。」
「あと15分もすれば捌ける。商業ビルのほうの誘導も順調やと報告がはいっとる。」
「予定通りですね。」
富樫は椎名のこの言葉には返事をしなかった。
「まぁ商業ビルの方は全く予定されとらんかった緊急のメンテナンスやし、テナント側からかなりの突き上げを...
Published 08/23/24
3-178-2.mp3
金沢駅の改札口前に大きなホワイトボードが設置された。
そこには「この先大雨の予報のため、本日の運行を中止します」と達筆で書かれている。
確かにまとまった雨が降り出した。しかし昨日の大雨と比べてたいしたことは無い。携帯の天気予報アプリで雨雲レーダーを見ても、そこまでの降雨量は予想されていない。なのに運行中止の案内だ。
駅側の説明によると、昨日の大雨によって緩んだ地盤が、今日のこの雨によって崩壊した箇所が数カ所発生したようだ。それにより架線が破壊され運行ができない状況になっている。復旧のめどは立っていない。したがって本日の運行は中止とするらしい。
理由が理由だ。ということで金沢駅から代替手段であるバス、タクシーといった交通手段に切り替える人たちが潮が引くように改札口前のコンコースから人が捌けだした。
「なかなか手慣れた情報操作だな。見ろ。混乱とは無縁だ。」
挺熟练的信息操作啊。看吧,没有一点混乱。
「いやいや、これぞ日本人の民度だ。我が国では考えられん。秩序立った行動だ。日本という場所と日本人という生き物だけできる芸当さ。」
不不不,这就是日本人的素质。咱...
Published 07/19/24
3-178-1.mp3
「ご遺族には私から連絡する。当面デスクは三波君のことは秘して、平静を装ってくれ。」
「…。」
加賀と正対する黒田はただひたすらに床を見つめて直立していた。前髪が黒田の顔を隠すため、加賀の目では彼がどういった表情をしているかは分からない。
「デスク。」
「…わかりました。」
社長室から出た黒田は二歩ほど歩いた。しかしどうも足下がおぼつかない。壁により掛かるとへなへなと自分の身を折りたたむようにそのままそこに座り込んでしまった。
「嘘だろ…。」
声にならない声を出す。自分にも聞こえない。
彼は天を仰いだ。
熱いものが目から頬、そして顎を伝う。
バイブ音
こんな時に何の電話だというのだ。携帯を手に取った黒田はそれを床にたたきつけてやろうと思った。しかし、画面に表示される名前を見て、顔を手で拭った彼は慌ててそれに出ることにした。
「京子…大丈夫か。」
「デスク…。」
「…社長から聞いた。お前、いまどこだ。」
「警察署にいます。」
「そうか…。」
「デスク、わたし、何もできなかった…。」
この京子の言葉に黒田は何の返事もできなかった。
「とにか...
Published 07/19/24
3-177-2.mp3
静かに開かれたそこから岡田が姿を現した。
片倉と富樫は彼の姿を見てこう思った。
疲れ切っている。
ここ数日、まとまった休息をとっていない。それは片倉や岡田、百目鬼と言った上層部の人間だけがそうだというわけでなく、富樫のような現場の人間も同じだ。皆に余裕がない。だから片倉も富樫もここで岡田を気遣うような言葉を発する余裕もなかった。
部屋に入ってきた岡田はスピーカーから流れるツヴァイスタン語の会話を背景に片倉に語りかけた。
「椎名の様子はどうですか。」
「案外落ち着いとる。」
こう言って片倉は画面に映る椎名をしゃくる。
画面の椎名は携帯電話で話していた。
ーУблюдок!
「相手はヤドルチェンコですか。」
「ああ。」
「荒れてますね。」
「朝戸なんて素人に、アジトを壊滅させられたんやしキレるのもしゃあないやろ。」
俺はツヴァイスタン語なんてわからんがなと片倉は付け加えた。
「朝戸は金沢駅に来ます。」
これには片倉は無言だった。
「自分の勘です。朝戸は金沢駅に必ず来ます。」
同じ事を岡田は繰り返して言った。
「俺もそんな気がする…。...
Published 07/05/24
3-177-1.mp3
コーヒーをすする音
「完全に暴走し出した感じですかね。朝戸。」
「…。」
「片倉班長?」
「あ、あぁ…。」
再びコーヒーを啜った富樫は片倉を珍しいものを見るような目をして続ける。
「案外、班長もセンチなんですな。」
「…。」
「センチになるのは明日で良いじゃないですか。」
この言葉に片倉は一息つく。
「…あぁそうや。無事明日になれば、そこで思いっきり怒って笑って泣けば良い。マサさんの言う通りや。」
こういうと片倉は立ち上がった。
「椎名はこの朝戸の行動については、本当に関知しとらん感じですね。」
朝戸の裏切り行為は直ぐさま椎名に伝えられた。この報を受けた椎名の表情は変わることはなかった。ただ「そうですか」とひと言漏らし、朝戸の行方に関する情報は無いかと尋ねるだけ。それも無いと知ると「わかりました」と言ってヤドルチェンコと再び連絡をとっている。
「椎名からは朝戸の損切り感が出とります。」
「それすらも奴の演技ということはない…か。」
画面に映る椎名から視線を逸らし、富樫は片倉を見る。
「仮にこの朝戸の裏切りも椎名の計画の範疇やったとし...
Published 07/05/24
3-176-2.mp3
バイクのエンジンを切った京子はそれから飛び降りた。
山小屋の入り口付近の状況は先ほどと何の変わりもない。あるのは今乗ってきたオフロードバイクだけだ。
小屋の入り口の前に立った京子はそこから再び三波の名前を呼んだ。
「三波さん。」
返事がない。
自分の声量が小さかったかもしれない。しかし大きな声を出すのは憚られる雰囲気をこの場は持っていた。京子は恐る恐る入り口扉を開いた。
暗い。壁板から漏れる明かりが中を所々照らしているが、そのほとんどが見えない。京子は中に入るために一歩を踏み出した。
すると踏み出した右足先に何かが当たった。瞬間、京子は触れてはいけないものに接触している感覚に襲われた。何かが見えるわけではない。足先の感覚だけでそのような感じを受けたのだ。彼女は咄嗟に右足を引っ込めた。
「見るな。見るもんじゃない。」175
三波が言っていたこの言葉を思い出した京子は思わず目を瞑った。
「三波さん。大丈夫ですか。」
目を瞑ったまま発されたこの言葉にも反応はなかった。
相手を気遣うような言葉が京子の口から出たが、それは自分を奮い立たせるための方便に...
Published 06/21/24
3-176-1_2.mp3
「片倉班長。報告が。」
神妙な面持ちで捜査員のひとりが片倉に耳打ちした。
「先ほどまでここに居た捜査員が逃走しました。」
「なにっ?」
「署内で電話をする奴の姿を見た同僚警察官が声をかけると、ごにょごにょ言ってその場から走って逃げだしたというものです。」
「簡単に説明してくれ。」
片倉の代わりに椎名の対応をしていた捜査員が、署内で「合図を待て」とか「追って連絡する」と電話で話す姿を同僚警察官が見たので声をかけた。その同僚警察官は彼が公安特課、とりわけ現在の片倉の側に仕えていることを知っており、そんな彼が妙な電話をしているもんだと不審を抱いたのだ。
電話の相手は誰かと尋ねると、彼は家族だと返した。しかし彼の家族は施設に入っている認知症の母親ひとりであり、その応えは明らかに嘘だった。それを指摘しようとしたところで、彼はその場から走り去ったというものである。
「目薬の男ね…。」
独り言を呟いた片倉は腕組みをして口をへの字にする。報告に来た捜査員は片倉の言葉の意味が分かりかねる様子だった。
「あの…追いましょうか。」
「いや、いい。」
「は?」
...
Published 06/21/24
3-175-2.mp3
「おかけになった電話は電波の届かないところにあるか、電源が切られているため…」
「なんだよー。どこ行っちゃったのよ…。」
電話を切った片倉京子はため息をついた。
ここで待ってると言われた場所に戻ってきたのに、当の三波が居ない。
まさか心変わりしてまた家に帰ったなんて事はあるまい。体力が回復したから先を急いだのだろう。どうせすぐに私に追いつかれるのだから。
そう判断した京子は遊歩道を歩くのを止め、開けた車道の方に出た。こちらの方が舗装されている分、駆け足でもいける。彼女は三波への遅れを取り戻そうとペースを速めた。
「あなたも聞こえた?」
「はい。パンパンってなんだか乾いた音でした。」
「パンパン?」
「はい。」
「違うわよ。もっと鳴っとったわ。」
「もっと?」
「そう。パン。パンパン。パン。って」
「え?そんなに?」
「ええ。」
「それ何の音ですか?」
「いやぁ何かしらねぇ。あんまり聞いたことない音だったから。」
破裂音は京子の空耳ではなかった。しかし熨子山に住まう人間にとっても耳慣れない音であったのは確かだ。京子はくねくねとカーブが続く車道の際を...
Published 06/07/24
3-175-1.mp3
「はぁはぁはぁ…。」
息を切らして部屋の隅に膝を抱え込んで座る朝戸がいた。
彼の視線の先には横たわる男の姿が二つ。いや三つ。
何れも血液によって畳を黒く染めている。
頭痛音
「ううっ!」
金槌のようなもので殴られたのではないかと思えるほどの衝撃が自分の頭部に走る。
頭を抱えて彼はその場に倒れた。
すると左肩をじゅわっとした液体の感触が走った。なんとも言えない不快な感覚だ。しかしその不快よりも頭痛の方が勝っていた。朝戸は横になった。
すると同じく横たわっている一人と至近距離で目が合った。
彼の方は息をしていない。
頭部を銃で撃ち抜かれている。ただただ部屋の床をうっすらと開いた目で見つめているだけだ。
「またやっちまった…。」
すぐ側に一丁の拳銃が無造作に置かれていた。
「もう、俺を殺そう…。」
朝戸はそれに手を伸ばした。
しっかりとした重さのあるのコンパクトタイプのグロックだ。
その銃口を彼は自分の口に咥えた。このまま引き金を引けば、腔内を貫通して脳を打ち抜き即死する。
朝戸は躊躇うことなく引き金を引いた。
カチン
銃弾は発射されなかっ...
Published 06/07/24
3-174.mp3
マウスホイールをころころと転がし、SNSのタイムラインを流し読みする椎名の目が「日本大好き」という名前のアカウントを補足した。
ーちうつょえひいしなはひうじょんくょふ
ここで椎名の動きは止まることは無い。
他愛もないポストの連続だと言わんばかりに、椎名はタイムラインを下へ移動させた。
この部屋には自分以外の誰もいない。あるのはデスクトップ型のパソコンと部屋の四隅に設置されたカメラだけ。
椎名は大きくため息をつく。次いで首を前後左右に動かす。こうやって肩をほぐすそぶりを見せながら部屋の様子をうかがった。しばらくしても外から何の反応もなかった。
再びモニタに目を移しタイムラインを流すと、日本大好きのアカウントを再度目にした。
「2番目じゃだめだ。1番でないと意味がない。1番でないと支配される側に回る。支配される時代は終わった。」
これには椎名は特別反応を示さず、手を止めることなく画面をスクロールさせる。
ーまたもシーザー。
シーザー暗号は各文字を一定数だけシフトする方法。例えば「れもん」と言う単語がある。この言葉のそれぞれを1つ次へシフトすれば「ろや...
Published 05/24/24
3-173-2.mp3
民泊の床下から続く通路は20メートル先の廃屋に通じていた。そこには生活の形跡はなく、何者かが常駐していた様子もなかった。ただ鑑識によるとバイクのタイヤ痕のようなものが確認されており、ここに出た朝戸は、そのバイクに乗って何処かへ移動したものと考えられた。
「駄目です。目撃情報はありません。」
地取り捜査の報告を受けた岡田は肩を落とした。
「自衛隊も公安特課も踏み込んだら対象居ませんでしたって…。」
昨日、自衛隊が踏み込んだアパートは今回の民泊とは目と鼻の先だ。どちらも常時監視という力の置きようで対応していたのにこのざまだ。こいつは四方八方から無能のそしりを受けるなと、気が滅入る岡田だった。
「地下通路って随分前から準備していたんですね。」
「…そうやろうなぁ。」
彼は机に広げられた現場付近の地図を見下ろしながら、生返事でしか応えることができなかった。
「ん?いま何て言った?」
「え?」
「あれ、お前、いま何て言った?」
「あ、いや、地下通路って昨日今日作れるもんじゃないでしょ。だから相当前からこのことを想定して準備していたんですねって。」
...
Published 03/29/24
3-173-1.mp3
時刻は正午となった。携帯を見た椎名は、力なく首を振った。
「梨の礫か…。」
「こうなったからには、朝戸は捨てます。朝戸は発見次第排除お願いします。」
百目鬼に椎名が応えた。
「朝戸の合図を持って事が始まるんだろう。」
「私の統制下で事を起こす分には、それは制御可能ですが、事態はそうではありません。なので危険は排除しましょう。」
百目鬼は隣に居た片倉と目を合わせてひと言。
「わかった。」
これに椎名は頷いた。
「逮捕とか考えなくて良いです。その場で排除してください。」
「って言ってもな、俺らはそんなに簡単に民間人を殺傷できんのだよ。」
「なにも殺せと言っていません。朝戸を発見次第、片腕、片足を打ち抜いてください。物理的に何もできなくさせます。」
随分具体的な指示だな。そう呟いた百目鬼だったが、これに関しては椎名の言ったとおりに行動するよう現場に指示を出した。
「ん?どうした。」
ふと椎名を見ると彼はしきりに目をしばたたかせたり、擦ったりしていた。
「すいません。まつげか何かが入ったようです。トイレで顔洗ってきていいですか。」
「ああ。...
Published 03/29/24
3-172-2.mp3
腕時計に目を落としていた男が顔を上げると、前に居た男が頷いた。
ガラガラガラっと民泊の玄関扉を開くと、どこからともなく二人の背後から6名程度のアウトドアウェア姿の男らが現れ、物音ひとつ立てずに宿の中に全員流れ込むように入っていった。
「ごめんくださーい。」
「はーい。」
しばらくして奥から宿の主人が現れた。主人は目の前に突然屈強な男らが大勢現れたことに、驚きのあまり腰を抜かした。
「こちらに朝戸さんって方、泊まってらっしゃるでしょ。」
「あ、あ…。」
声すら出せない主人の驚きようだ。
「どちらに居ますか?」
この質問に主人はなんとか首を振って応える。
「わからない?」
これには頷いて応えた。
「そんなはずはないんだよなぁ。」
ちょっと中調べさせてもらうよと言って、主人は猿ぐつわをされ、両手両足を縛られた。
「はじめるぞ。」
リーダー格の男が握った拳を広げると、全員が宿の中に散らばった。彼らは手に拳銃のようなものを持っていた。
ただの民泊だ。朝戸を探すと行っても、時間はかからない。リーダー格の男は主人を前にどっかと腰を下ろして、報告...
Published 03/08/24
3-172-1.mp3
「わかりました。公安特課が一時的に居なくなる隙を狙って、突入します。」
「現場の報告によると、今現在、対象の民泊で働いているのは、そこのオーナーただひとり。利用者も朝戸一名や。」
「環境は整っているというわけですね。」
「ああ。ほうや。事前に潜入しとったトシさんが見る限り、特段、武装しとるふうには見えんかったようや。が、油断は禁物。施設にどういった仕掛けが施されとるかわからんしな。」
「了解。」
ふと神谷は時計を見た。時刻は8時20分だ。
「こちらは0830(マルハチサンマル)をもって拠点制圧を開始します。」
「頼む。」
神谷は側の一郎にその旨を即座に指示した。
「アルミヤの方は何か分かったか。」
「金沢駅近辺にあった奴らの痕跡が一斉に消えました。」
「消えた…。」
「はい。攻勢の前触れかと。」
「それは自衛隊の方も把握しとれんろ。」
「勿論です。ただ…。」
「ただ、なんや。」
「例の影龍特務隊が気になりまして。」
「気になるとは。」
「中国語で会話をするビジネスマン風の人間がちらほらあるようです。」
「金沢駅にか?」
「はい。同様に観光客も居ま...
Published 03/08/24
3-171.mp3
- 椎名はテロ実行直前までチェス組と連携し彼らをエスコートする。そこに警察は介入しないこと
- 実行直前に公安特課の出番をつくるので、相応の人員を用意すること
- 空閑と朝戸にはしっかりと専任者を配置し、勝手な動きをしないよう監視を強化すること
- サブリミナル映像効果を少しでも薄めるため、こちらで用意した動画をちゃんねるフリーダムで短時間で集中的に配信すること
- テロは爆発物によるものであるはず。可能性を徹底的に排除すること
- 朝戸がテロの口火を切る行動をし、その後にヤドルチェンコがウ・ダバを使ってさらにそれを派手なものにする手はずである。したがってウ・ダバらしき連中の行動はつぶさに報告を入れること
-...
Published 02/23/24