Episodes
3-170-2.mp3
「っくしょん!」
パソコンの前に座ったままで目を瞑り、軽く睡眠をとっていた椎名はくしゃみによって目を覚ました。
自分の体調について尋ねる声はない。椎名を監視しているはずの片倉や岡田といった連中も今は眠っているのかもしれなかった。
しかしこちらから向こうの様子は見えないので迂闊な言動は慎むべきだ。とりあえず椎名はSNSのタイムラインを流し読みすることにした。
ハッシュタグ立憲自由クラブでフィルタリングされたそこには、日章旗と旭日旗が入ったアイコンがよく見られる。その中で椎名は「日本大好き」という名前のアカウントが時々ポストしているのを発見した。
やるしなかない
戦うしかない
完全にもう俺らは米帝の植民地だ
出たとこ勝負でもいいじゃないか
全ては行動あるのみ
何か薄ぼんやりとした何かを鼓舞するポストだ。
椎名は即座にこのポストを縦読みする。
ーや た か で す
続けて日本大好きアカウントは以下のポストをした。
川岸からの合図で動くとしよう
ー川岸…岸…。騎士…ナイトか。ナイトの合図で始まると言うことだな。
桃は未だ見ず
ー桃…?
椎名は...
Published 02/09/24
3-170-1.1.mp3
金沢市郊外の築古マンション。その一室にウ・ダバの構成員の一部が潜んでいた。
「おい起きろ。」 هيه استيقظ
肩を小突かれたアサドはやっとの思いでその目を開いた。
「もう6時だ。いつまで寝てんだ。メシを食え。」
إنها الساعة السادسة بالفعل.
كم من الوقت نمت؟
كل الطعام.
「ああ、すまない。」أه آسف.
アサドの目の前の男性は苛立っていた。
この部屋の間取りは2LDK。アサドが目を覚ましたこの部屋には、大型のアタッシュケースのようなものが多数置かれている。
「早くしろ!」أسرع -...
Published 02/09/24
3-169-2.mp3
「拉致被害者を全員返還ですと!?」
「はい。このことはこちら側に陶晴宗を引き込んだ、あなたの功績に依るものが大きいですよ。」
応接用のソファに座り正対する仲野の身体がどこか震えているように見えた。
「しかし、冒頭申し上げたとおり今回のテロを制圧することが条件です。」
「…鵡川総理はなんとおっしゃてらっしゃるのですか。」
「総理には私からまだ詳細をお話ししていません。」
「えっ?」
「仲野先生のご意見を拝聴した上で、総理の決断を仰ごうと思いまして。」
「どうして…。私の意見なんぞ、この段階では必要ないでしょう。」
「いいえ。」
こう言うと静かに櫻井官房長官はソファを立ち、床に座り直した。そして両手をついてそのまま深々と頭を垂れた。
「仲野康哉先生。鵡川内閣の特命担当大臣に就任ください。」
「いや待ってください。私は野党前進党の幹事長です。貴党から適任者を選抜してください。」
「いいえ。この拉致被害者返還交渉特命大臣は、ツヴァイスタン一国との交渉だけでなく、その背後に居る旧宗主国ロシアとの調整作業も重要な任務となります。しかしながら我が党には先生ほど...
Published 01/19/24
3-169-1.mp3
今回のテロ計画はオフラーナの暴走であり、政府は一切関与していない。
またそのテロ計画をツヴァイスタン人民軍は、民間軍事会社アルミヤプラボスディアをして、阻止せしめようとしているわけだが、その内容はテロ実行部隊の殲滅を企図している。これはオフラーナの実働部隊であるウ・ダバの無力化のためで、この作戦で人民軍は、オフラーナに対して優位に立つことを画策している。
つまり今回のテロ計画を発端とした武力抗争は、日本を舞台にしたツヴァイスタン人民軍と秘密警察オフラーナとの権力闘争である。
そうツヴァイスタン外務省は認めた。
しかしオフラーナと人民軍、この二つの組織がツヴァイスタンの実質的な支配を行っている現状、政府指導部は彼らに歯止めがかけられない。ロシアに二つの勢力の仲を取り持つよう相談はしたが、他国の内政に関わる筋合いはないと突っぱねられた。
日頃、宗主国面して内政の様々に干渉してくるくせに、いざというときに知らん顔を通されたわけだ。
知らん顔ならまだしも、かの国はオフラーナと人民軍の双方の過激派に肩入れして、対立を煽ってすらいるようにも見受けられる。
この...
Published 01/19/24
3-168.mp3
深夜、都内の静かな高級ホテルの一室で、緊迫した会議が行われていた。
窓の外は漆黒の闇に包まれ、部屋の中の緊張が余計に際立っている。
ツヴァイスタンの代表者、エレナ・ペトロワとイワン・スミルノフは、不安と戸惑いを隠せずにいた。彼らの目的は、日本でのオフラーナと人民軍の対立を終わらせることだったが、予期せぬ展開に直面していた。
一方、日本政府側の代表、内閣情報調査室の関孝雄と陶晴宗は、冷静な表情を崩さずにいた。
特に陶は、この状況における重要な駒であることが明らかになっていた。
「彼は貴国のオフラーナの協力者です。」
こう関が静かに告げたとき、エレナとイワンの表情には驚きが浮かんだ。
彼らは日本国内で起こり得るオフラーナと人民軍との抗争を止めるための情報を求めていたが、この新たな事実によって彼らの計画は複雑なものとなった。
エレナが陶に質問を投げかけると、彼からの答えは静かながらも重いものだった。
朝倉忠敏という名前が話題に上がり、彼の影響力がツヴァイスタンにまで及んでいることが明かされた。朝倉は、日本国内でのオフラーナの活動に深く関わっており、その力は...
Published 01/05/24
3-167-2.mp3
現在
エレナは窓辺に立ち、東京の輝く夜景を眺めていた。
「姉さん。これが外の世界よ。」
冷めた声で独りごちる彼女は、その美しさに心を奪われることはなかった。
彼女の心は、姉のアナスタシアが連行されたあの日に囚われている。
彼女が最後に交わしたあの切ない微笑みを、エレナは決して忘れられなかった。
彼女はツヴァイスタン外務省の国際戦略調整局に所属し、国際政策の策定や戦略的情報分析、危機管理などの重要な任務に就いている。だがそのすべての知識と能力をもってしても、オフラーナの壁は厚く、姉の安否についての情報は一切手に入らなかった。
彼女がいまどこで、どうしているのか―
―生きてさえいるのかさえも。
ホテルの部屋でひとり、エレナは姉が引き起こした「外を見たい」という単純な願いが、どれほどの結末を迎えたかを思い返す。
アナスタシアが秘密警察に連行されるシーンが、彼女の脳裏に焼き付いて離れない。
そのすべての原因を作ったのは仁川である。
彼女は仁川を憎んでいた。
彼がいなければ、姉は今も自由だったかもしれない。
彼がいなければ、彼女が抱いていた外の世界への...
Published 12/17/23
3-167-1.mp3
6年前
仁川征爾は査問委員会の厳粛の中心に座り、委員たちの厳しい視線を一身に受けていた。
部屋の空気は緊張で張り詰めている。オフラーナの制服を身に纏った委員たちの表情は、仁川の忠誠心を疑うかのように冷ややかだった。
「では始めよう。」
委員長が静かに宣言し査問が始まる。
問いは鋭く、彼の過去をえぐるようだった。仁川の答えは慎重に選ばれ、かつ相手に悪感情を抱かせないように自信をひた隠しにしていた。彼は自分の二重スパイとしての任務を隠し続けながらも、オフラーナという組織への忠誠を誓うような言葉を巧みに操っていた。
この場はツヴァイスタン人民共和国オフラーナによる査問委員会だ。
会議室の壁に掲げられた国旗の下で、仁川は訓練された自らの能力と冷静さを示し続ける。
彼の真の任務、つまりツヴァイスタン人民軍の情報部員としての役割は、心の内にしっかりと秘めながら。
査問委員会が終わりに近づくと、仁川は内心でほっと一息ついた。
「査問委員会は、仁川征爾の疑いは晴れたと結論づける。」
これが、日本に向けて潜入する最終テストだった。
仁川はこれから日本での...
Published 12/17/23
3-166-2.mp3
小便器の前に立って用を足す椎名の背後から声が聞こえた。
「Присоединение капитана к войскам завершено.部隊合流完了。」
「Я слышал, что продукт был передан стороне "У Даба".例のブツはウ・ダバ側にわたったらしいな。」
「Извинения.申し訳ございません。」
「Никогда больше не делайте так плохо надписи на дне кофейной чашки и не присылайте мне информацию.
Это оставляет следы.コーヒーカップの底面に文字を書いて俺に情報を寄越すような下手なやり方は二度とするな。
痕跡が残る。」
「Однако слежка настолько сильна, что информация не может быть передана майору.しかし監視の目が強くて、少佐に情報を流せません。」
「О чем вы говорите. Так можно...
Published 12/01/23
3-166-1.mp3
立憲自由クラブによる明日の 金沢駅での決起集会の予行演習。これを阻止せよ。そう椎名に指示を出して1時間ほど経過した。
現在は4月30日木曜。時刻は20時になろうとしていた。
「片倉班長。」
岡田が片倉の側にやってきた。彼はベネシュが乗ったと思われるハイエースの動きを捕捉するべく、相馬からの情報を元に所轄署との連携をとっていた。
「相馬の抑えたハイエースですが…。」
岡田の表情が成果を物語っていた。
「駄目やったか。」
「早々に乗り捨てられてました。」
敵も然る者。そう片倉は言った。
「こちらの動き、気づかれたか。」
「それは分かりません。車が乗り捨てられていたのは金沢駅から1キロ程度離れた病院の駐車場です。発進から間もない地点での移動手段の変更ですから、当初から予定されていたものかもしれません。」
「やるな…。」
で、相馬は今何をしてると片倉は聞いた。
「彼は古田さんと自衛隊の連中とで金沢駅のPBに居ます。」
「PBで何をしとる。」
「予想されるテロ行為への対応可能性を協議しています。」
「ほう…。」
「機動隊の協力が欲しいとの申し出で...
Published 12/01/23
3-165-2.mp3
「Хорошо. Но будьте умеренны. Не поднимайте шума. О, да. Это обнадеживает. Я бы предпочел, чтобы вы считали это демонстрацией силы с нашей стороны.そうか。しかしほどほどにしておけよ。決して騒ぎを起こすなよ。ああそうだ。それは頼もしいな。むしろ我々の力の見せ所と思って欲しい。」
「Да, я вижу. Вот этот.ああ見えた。あれだな。」
「Но... что это за пробка? Будет ли завтра в это время так же оживленно?しかし…なんだこの渋滞は。明日のこの時間もこんなに混雑してるのか?」
「Понятно, дождь тому причиной... Но, наверное, так и будет, когда я поеду домой в...
Published 11/17/23
3-165-1.mp3
四畳半程度の部屋の真ん中にあるデスクでラップトップ型PCを向かい合うのは椎名賢明だ。インカムをつけた彼はビデオ会議ツールで外の捜査本部のスタッフとコミュニケーションをとっていた。
ドアをノックする音
「はい。」
資料ですと言って、男が紙の束を持ってきた。
椎名はそれをご苦労様ですと受け取った。
続けて彼は紙コップに入ったコーヒーを椎名の前に差し出した。
これには椎名は紙コップに目を落とし「ありがとうございます」とだけ言ってそれを受け取った。
男は頭をぺこりと下げ、椎名とはなんの会話もせずにそのままこの場から立ち去った。
「何や。コーヒー頼んでいたのか。」
片倉の声がイヤホンから聞こえた。
「はい。」
椎名がこう応えても片倉は何も言わなかった。
コーヒーをすする音
視線を部屋の隅に移す。そこにはこちらの様子を覗うカメラがあった。
「今のところ、チェス組の動きはどうや。」
「空閑はホテルで待機、朝戸は例の民泊にまだ滞在しています。」
片倉は岡田を見た。椎名の証言が現在公安特課が把握している現状と一致していたため、岡田は首を縦に振った。
...
Published 11/17/23
3-164.mp3
「久しぶり。トシさん。」
取調室の中に入ってきたのは片倉だった。
それを目で追いながら古田が言った。
「なんや、なんでお前がここに居るんや。」
「いろいろあってな。」
「ちっ。」
古田は舌打ちして片倉から目をそらした。
「何け。」
「お前もあれか。」
「何?あれって。」
「おめぇもワシのこと厄介払いしとるんか。」
片倉はあきれ顔を見せた。
「まー厄介や。」
「あん?」
「厄介やわいや、んな直ぐ一歩歩いたらさっきのこと忘れるんやしな。」
「おいおめぇ人のこと呆け老人呼ばわりしやがって。」
「トシさん。俺だって受け入れるのに苦労しとれんて。」
「ふざけんなや!くそったれが!」
「待て待て!」
古田は立ち上がり部屋から出ようとする。しかしそれは片倉によって力ずくで押さえ込まれた。
「トシさんだけじゃねぇんげんて。」
「は?」
「石大病院通院者にトシさんのような症状でとる人間多数。」
「え…何やって…。」
「おそらくこれはすべて光定公信による人体実験の影響や。」
「人体実験?」
片倉の制止を振り切ろうとしていた古田だったが、ひとまず落ち着きを取り戻...
Published 11/03/23
3-163-2.mp3
「あり合わせで用意しました。」
そう言って出されたのはハンバーガーだった。
「自分、奥にいますのでごゆっくり。」
マスターが奥に引っ込んだを見届けてふたりはそれを頬張った。
「うまい。」
京子も三波もその確かな味に唸る。
「このボストークって最近映えるとかで有名な店だろ。」
「はい。」
「この手の雰囲気重視の店って、どっちかっていうと味は微妙ってのが多いけど、ここは違うね。」
「そうでしょ。しっかりおいしいんです。」
「ランチですとかいってワンプレートのもん出されても、え?こんだけで1,000円するのって量の店もあるじゃん。でもほらこのハンバーガー、普通に大きいんだけど。」
「まかないっていうのもあるかもしれませんよ。」
「あ、そうか。」
「ってか肉がおいしいですよ。これ。よくみたら網で焼いてる。」
「本当だ。くそー…しっかしなんか悔しいな。」
「何がですか?」
「なんか女子とかカップルとかでキャッキャ言って映えばっかり気にされる店にされてんじゃん。」
「なんですか三波さん。私のことそのキャッキャしてる女子って言ってんですか。」
「いやそうじ...
Published 10/20/23
3-163-1.mp3
「失礼します。」
スライドドア音
「あぁ京子か。」
身支度をする三波の姿があった。
「もういいんですか?」
「まぁ、正直良いか悪いかわかんない。主治医がいなくなっちまったからな。」
京子は返す言葉を失った。
「どこまで知ってる?」
三波の質問の真意を測りかねる京子はただ首を振って応えるだけだった。
「で俺から根掘り葉掘り聞き出してやろうってことでここに?」
「そんなところです。」
彼はため息をつく。
「残念だけど、今回ばかりはお前に話せることはない。」
「どうしてですか。」
「俺らのような民間人がしゃしゃり出るのは控えた方が良い。」
「自粛ですか。」
「まぁそんなところだ。」
「三波さんもそんなことを…。」
「俺も?」
「…はい。」
「なんだその言い方。何と一緒にしてる?」
京子はネットカフェ爆破事件を報じるメディアが、地元石川のメディアに留まっていることを三波に伝えた。
「私が調べたところ、警察からの要請で報道協定を結んだとかじゃないんです。各社が自主的に報道していない。」
「報道各社が自主規制か…。」
「はい。」
「どうせそん...
Published 10/20/23
3-162-2.mp3
「なに?突入した!?」
朝戸班からの報告を受けた岡田は大きな声を出した。
普段大きな声を出さない彼がこのような反応を見せるのは珍しい。テロ対策本部の中のスタッフが一斉に彼を見た。
古田が朝戸が泊まる宿近くのアパート部屋を何件か当たったところ、屈強な男らがそこに合流。突如としてその中の一室に踏み込んだとの報告だった。
「それってまさかトシさんが?」
「いいえ。どうもそうじゃないようです。古田さんはその場に越し抜かすように座り込んでしまってました。」
岡田は片倉を見ると彼はそれにうなずいて応えた。
「トシさんは。」
「なんかぼーっとしてます。」
「保護しろ。」
「え?」
「保護してここまで連れてこい。事情を聞く。」
「わかりました。」
「朝戸は引き続き監視するんだ。」
「了解。」
電話を切った岡田が頭を振るのを見て、片倉は口を開いた。
「自衛隊か。」
「おそらく。」
「ってことはアルミヤプラボスディアがそこに。」
岡田は二度うなずいた。
「とうとう動いたか。」
「テロを明日に控え、いつ動いてもおかしくありませんから。」
百目鬼が険しい顔をし...
Published 10/06/23
3-162-1.mp3
「もぬけの殻…だと…。」
「はい。」
赤石は頭を抱えた。
「監視していたんだろう。」
「はい。常時監視していました。」
「どうしてこんなことが起きる。」
「アパートの一階の床下に立坑発見。」
「立坑…。」
「現在、中を捜索中です。」
「十分に注意されたい。」
「了解。」
電話を切った赤石は歯ぎしりした。
「アルミヤプラボスディアの手がかりが消えた…。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「陽動成功。」
「よくやった。」
「引き続き地点デルタにて待機する。」
「ではこちらも合流する。」
「了解。」
短いやりとりをしてベネシュは携帯電話を机の上にそっと置いた。
そして備え付けの電話でフロントに連絡を取る。
「いかがしましたか。」
「ちょっと飲み物をこぼしてしまってね。なにか拭くものが欲しい。」
「かしこまりました。」
間もなく男が部屋にやってきた。
「そろそろ俺もここを出る。」
「外に見張りらしき人間がいます。」
「何名だ。」
「二名です。」
ベネシュは苦笑した。
「舐められたもんだな。」
「はい。」
「引き...
Published 10/06/23
3-161-2.mp3
「国土交通省と気象台によりますとこの大雨で石川県の金沢市を流れる浅野川は芝原橋観測所と天神橋観測所で「氾濫危険水位」に達しました。国と気象台は洪水の危険性が非常に高まっているとして「氾濫危険情報」を出して厳重に警戒するよう呼びかけています。自治体の避難情報を確認するとともに浸水のおそれのない場所に移動するなど、安全を確保するようにしてください。」
宿を追い出された古田は避難所である近くの小学校にいた。
避難所にあるラジオから、現在の大雨の状況が古田の耳に入ってきていた。
「代わりの宿は?」
「一応抑えれたんですが、この雨ですから。」
「タクシー呼ぼうか。自分の知っとるタクシー会社なら来てくれると思うよ。」
「あ、えぇ。いや、一応仕事の関係の人が迎えに来てくれるって事になりまして。なんでしばらくだけここに居ても良いですか。」
「しばらくって?」
「迎えに来るまで。」
「ラジオでも言っとるように浅野川の上流で氾濫危険水域やって言っとるし、すぐにここの辺りもそうなる。雨が弱まれば少しは安心なんやけど…。」
「スマホで雨雲レーダー見たら、あと20分ほどで雨脚...
Published 09/22/23
3-161-1.mp3
卯辰一郎の朝戸調査報告は第一報からちょうど6時間後の16時に行われた。
第一報で明らかになった人物、朝戸の妹殺害のもみ消しを図った疑いのある白銀篤についてである。
「ある日忽然と姿を消した?」
「はい。家族全員失踪。奴が済んでいた家は荒れ放題です。白銀の自宅の周辺住民曰く、近所付き合いがほとんど無い家庭だったようです。なので気がついたら家の草が生えっぱなしになって荒れていたと。」
「何か手がかりのようなものは。」
神谷の問いかけに卯辰一郎は首を振って応える。
「ヤサに踏み込ませたんですが、ただ散らかっているだけでめぼしい情報は何一つありませんでした。」
「くさいな。」
「はい。プロの仕業かと。」
「まさか朝戸が白銀を始末したとか?」
いやそんなはずなはい。朝戸が白銀を始末すればその復讐心は満たされる。彼のゲームはこれで終わりだ。神谷は自分の発言を即座に撤回しようとした。
「カシラ。実は自分もひょっとしてと思っていまして。その線。」
「え?」
一郎の言葉は神谷にとって意外だった。
「うん?どういうこと?」
「いや、白銀篤って名前は出てくるんで...
Published 09/22/23
3-160.mp3
「県内は前線の影響で大気の状態が非常に不安定になり金沢市では大雨となっていて、金沢市昭和町では午後3時半までの1時間に55ミリの非常に激しい雨が降りました。気象台と県は金沢市に土砂災害警戒情報を発表し、土砂災害や低い土地の浸水、河川の増水に警戒するよう呼びかけています。
金沢地方気象台によりますと、30日の県内は梅雨前線の影響で大気の状態が非常に不安定になっていて、金沢と野々市市では大雨になっています。
金沢市昭和町では、30日午後3時半までの1時間に55ミリの非常に激しい雨が降りました。
30日午後4時半時までの3時間に降った雨の量は金沢市昭和町で90ミリ、野々市市で50ミリなどと急速に雨量が増えています。
金沢市と野々市市には午後3時40分ごろまでに大雨洪水警報と土砂災害警戒情報が出されています。
県内はこのあとも大気の不安定な状態が続き、31日にかけて1時間に降る雨の量はいずれも多いところで加賀地方で40ミリ、能登地方で30ミリと予想されています。」
スマートフォンで地域のニュースを見ていた相馬はそれを閉じた。
彼は金沢駅の構内にあった。
現在時刻は...
Published 09/08/23
3-159.mp3
テロ対策本部に戻ってきた椎名を迎えたのは、百目鬼をはじめとするスタッフたちのただならぬ殺気だった。
「外の様子はどうやった?」
片倉が椎名に声をかける。
「酷いですね。こんな雨いつぶりでしょうか。」
「いつぶり?とは?」
(あっ…。)
「あぁ西日本豪雨ってのが2年前にあったっけ。あいつも酷かったけど、最近こんな感じの雨の降り方多ないけ?ある地点で局所的にドバーってバケツひっくり返したみたいに降って、んでしばらくしたらからーって晴れてさ。」
「…確かに。」
「あれか。気候変動ってやつか。」
「正直それについては自分は懐疑的です。」
「へぇ。こんな感じなんに?」
片倉は窓の外を見る。
「ええ。」
「まぁ気候変動なんて地球規模の危機よりも、いまは目下の危機の対応や。気候変動については今の危機対応が終わってから、ゆっくりと議論するとしようか。」
片倉が椎名と何気ないやりとりをすることで、対策本部の重苦しい空気感は多少軽くなったような気がした。
継続し続けるこの場の緊張感に世間話という一拍を入れることで、スタッフたちの注意が別の方に向いたのかもしれない。
...
Published 08/25/23
3-158.mp3
「最上さんを狙ってノビチョクを盛った…。」
「はい。それが公安特課に最も混乱をもたらせると判断して、朝戸に実行させたそうです。朝戸は光定によって最上が白銀篤であると刷り込まれていたそうです。」
片倉はため息交じりに呟いた。
「つくづくクソやな…。」
「その肝心の朝戸の妹をひき殺した人間なんですが、それは白銀で間違いは無いそうです。」
「いやそんな奴は警視庁にいない。これは確認できた。」
「はい白銀はサツカンでも何でもありません。ただの民間人です。」
「なに?」
「これはさっき椎名が理事官に言ったように、紀伊によるでっち上げだったようです。紀伊が朝戸の妹の事故死を独自で検証。結果、それらしき車両を発見。ここで所轄署に黙って紀伊は事件をもみ消すことが出来るから協力せよと被疑者、白銀と接触。車両の写真を撮影した後、白銀自身を口封じのため殺害した。そして所轄署に噂を流した。警察幹部の白銀篤という人物の倅が朝戸の妹をひき殺した。しかしそれを圧力をもってもみ消していると。こうすることで所轄署内部の不穏な雰囲気を作り出します。その空気を敏感に感じ取った朝戸は架空の被疑...
Published 08/11/23
3-157.mp3
自宅に帰った椎名が片倉らのテロ対策本部に出した指示は以下のものだった。
- 椎名はテロ実行直前までチェス組と連携し彼らをエスコートする。そこに警察は介入しないこと
- 実行直前に公安特課の出番をつくるので、相応の人員を用意すること
- 空閑と朝戸にはしっかりと専任者を配置し、勝手な動きをしないよう監視を強化すること
- サブリミナル映像効果を少しでも薄めるため、こちらで用意した動画をちゃんねるフリーダムで短時間で集中的に配信すること
- テロは爆発物によるものであるはず。可能性を徹底的に排除すること
- 朝戸がテロの口火を切る行動をし、その後にヤドルチェンコがウ・ダバを使ってさらにそれを派手なものにする手はずである。したがってウ・ダバらしき連中の行動はつぶさに報告を入れること
-...
Published 07/28/23
3-156.mp3
出社した椎名だったが、やはり体調が優れないと言うことで今日は休むこととした。
「どこに向かっている。」
「とりあえず一旦家に帰ります。あてもなく車を走らせるのも、見つかったらリスクですから。」
雨脚が強くなっている。
滝のように降るそれはフロントガラスから見えるはずの景色を白いしぶきのようなもので覆い、視界は極めて悪い。
前方の車のストップランプが断続的に光る。
椎名の運転する車は減速せざるをえなかった。
「一体どれだけ降るんだ…。」
家に向かう間も雨が収まる気配はない。やがて携帯に通知が届く。
大雨警報だ。氾濫警戒情報も併せて知らされた。
「やめてくれ…。」
椎名はぼそりと呟いた。
雨粒が車体をたたきつける音が大きいためか、この彼の言葉に対する警察側の反応はなかった。そのときフロントガラスをはねた水が覆った。
「うわっ!」
「どうした!」
直ぐさま警察無線で椎名に連絡が入る。この呼びかけが椎名を引き戻した。
「あ…いや…ちょっと水はねにびっくりしてしまって…。」
「水はね?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
...
Published 07/14/23
3-155.mp3
「くせぇ…臭すぎる。」
「どうしました。次郎アニキ。」
「ほら見てみろよ。」
顔面に切り傷のようなものが十字に入った男に前に次郎は出力した紙を並べた。
「これが例の白人だ。」
次郎が指す白人はどうやら2日前の4月28日からこのホテルのスイートルームに泊まっているらしい。
雨澤が作り出した画像解析ソフトが、時間をかけずにそのことを次郎に示していた。
このホテルにはスイートルームは2室があり、一方はこの白人。そしてもう一方の部屋は先ほど雨澤が身の危険を感じた部屋であった。
部屋を利用するのは彼ひとりだ。来客はない。正直ひとりでは持て余す広さである。
彼は外出の際に荷物のようなものを持って出ることはない。またその際に誰かと一緒ということもない。
時折スマートフォンをいじりながら誰かと連絡をとりながら、ホテル内のロビーでくつろいだり、スイート利用者の特権なのかもしれないバーカウンターでウイスキーを飲むこともある。その時にも彼以外の人の気配はない。
しかし今日の朝、彼の宿泊する部屋にはじめて男がひとり訪ねてきた。
それが相馬が行方を捜していたサツカンの人間だった...
Published 06/30/23
3-154.mp3
椎名が乗り込んだ車は何事もなかったように、そのまま北署を出発した。
その様子を窓から眺めていた百目鬼が誰に言うわけでもなくつぶやいた。
「気づかれることを心配せず、椎名をおおっぴらに尾行できるだけマシになった。浮いた人員は別の方面に回せる。」
「油断は禁物です。」
片倉が苦言を呈した。
「心配してもどうしようもない。いずれにせよこれで椎名は丸裸だ。気楽にいこう。」
百目鬼が楽観的な見解を示したそのとき、椎名の車内に設置されたカメラからガサゴソと音が聞こえた。その場の百目鬼、片倉、岡田、富樫がモニターに視線を集中させた。
「椎名です。すいません。ちょっと体調を崩してしまって病院にいってました。え?あ、はい…今のところは…。いまそちらに向かっています。」
無断遅刻に関する勤務先への弁明だった。
「大事なことや。」
片倉は椎名の行動に納得した。
「片倉班長。」
岡田が片倉の名前を呼んだ。
「なんや。」
「この場でこんな相談をするのも何なんですが、気がかりなことがありまして。」
「いいよ聞くよ。言ってみろ。」
「何個かあるんですが。」
「なんだ...
Published 06/16/23