Description
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6年前
仁川征爾は査問委員会の厳粛の中心に座り、委員たちの厳しい視線を一身に受けていた。
部屋の空気は緊張で張り詰めている。オフラーナの制服を身に纏った委員たちの表情は、仁川の忠誠心を疑うかのように冷ややかだった。
「では始めよう。」
委員長が静かに宣言し査問が始まる。
問いは鋭く、彼の過去をえぐるようだった。仁川の答えは慎重に選ばれ、かつ相手に悪感情を抱かせないように自信をひた隠しにしていた。彼は自分の二重スパイとしての任務を隠し続けながらも、オフラーナという組織への忠誠を誓うような言葉を巧みに操っていた。
この場はツヴァイスタン人民共和国オフラーナによる査問委員会だ。
会議室の壁に掲げられた国旗の下で、仁川は訓練された自らの能力と冷静さを示し続ける。
彼の真の任務、つまりツヴァイスタン人民軍の情報部員としての役割は、心の内にしっかりと秘めながら。
査問委員会が終わりに近づくと、仁川は内心でほっと一息ついた。
「査問委員会は、仁川征爾の疑いは晴れたと結論づける。」
これが、日本に向けて潜入する最終テストだった。
仁川はこれから日本での新たな任務を完璧にこなすための準備が整ったことを確信していた。
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ひとりの女性がドアの向こう側で、躊躇いながらも決心を固めていた。彼女はそのドアを静かにノックした。
「どうぞ。」
仁川の声が部屋の中から聞こえる。
彼の声はいつも通り落ち着いていたが、今日は何かが違っていた。それは出発の重みだろうか。
彼女は深呼吸をしてからドアを開けた。彼女の目は決意に満ちていたが、心の奥底には不安が渦巻いている。
仁川は荷造りをしているところだった。その姿をただ眺めて一言。
「外の世界を見てみたい。」
彼女は静かに言った。
その言葉は、仁川の動作を止めさせた。
彼は振り返り彼女の瞳を見つめた。彼女はツヴァイスタンの壁に囲まれた生活を知っている。しかし、外の世界に対する憧れは、国の厳しい規制や秘密警察の目をも越えていたようだ。
"外の世界を見てみたい" と言った彼女の心は、親や社会の目から逃れたいという渇望で満たされていた。仁川は、彼女にとっての一時的な自由であり、彼を通じて外の世界を垣間見ることが彼女の希望だった。
仁川は近づき彼女の手を取った。
彼女の手は冷たく震えていた。
「アナスタシア、僕も君にはもっと広い世界を見てほしい。」
と仁川は言った。
彼の声には温かみがあったが、同時に悲しみも混じっていた。
「でもそれを見たところで僕たちの世界は、そう簡単には変わらない。」
と彼は続けた。
彼は自身が秘密警察オフラーナであることはもとより、人民軍の軍人であることも彼女には秘していた。
秘密警察に秘密は作り得ない。つまり彼は常時監視の環境にある。不用意な発言は先の査問委員会の対象となる。
いま彼がアナスタシアに話した言葉は、どうとでもとれる最も適切なものであったのは間違いない。
彼の言葉にアナスタシアは頷いたが、その目は涙で潤んでいた。
彼女は仁川が秘密警察であることを知ってたのだ。そして彼がこれからどれほど危険な環境に身を投じるかも。
「約束して。戻ってきて。」
と彼女は小