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出社した椎名だったが、やはり体調が優れないと言うことで今日は休むこととした。
「どこに向かっている。」
「とりあえず一旦家に帰ります。あてもなく車を走らせるのも、見つかったらリスクですから。」
雨脚が強くなっている。
滝のように降るそれはフロントガラスから見えるはずの景色を白いしぶきのようなもので覆い、視界は極めて悪い。
前方の車のストップランプが断続的に光る。
椎名の運転する車は減速せざるをえなかった。
「一体どれだけ降るんだ…。」
家に向かう間も雨が収まる気配はない。やがて携帯に通知が届く。
大雨警報だ。氾濫警戒情報も併せて知らされた。
「やめてくれ…。」
椎名はぼそりと呟いた。
雨粒が車体をたたきつける音が大きいためか、この彼の言葉に対する警察側の反応はなかった。そのときフロントガラスをはねた水が覆った。
「うわっ!」
「どうした!」
直ぐさま警察無線で椎名に連絡が入る。この呼びかけが椎名を引き戻した。
「あ…いや…ちょっと水はねにびっくりしてしまって…。」
「水はね?」
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百目鬼は部屋を出て行ったきり戻ってこない。富樫も椎名のPC解析のため別の部署にいる。
金沢北署のこの部屋の幹部は片倉と岡田。このふたりだ。
「うわっ!」
椎名の大きな声が片倉と岡田に届いた。
「どうした!」
片倉がすかさず呼びかける。
「あ…いや…ちょっと水はねにびっくりしてしまって…。」
「水はね?」
ふたりが顔を見合わせた。
「あ、いえ、なんでもないんです。すいません。驚かせてしまって。」
「あんたほどの人間が水はねごときにそんなびっくりするなんて、意外すぎる。」
「不意を突かれると人間誰だってびっくりします。」
すべてが計算ずくの椎名賢明こと仁川征爾。そういう認識だった片倉と岡田にとって、彼もまた自分たちと同種の生身の人間であることを感じさせるに足る言動だった。それは一種の安堵を二人にもたらした。
「この大雨はしばらく続くらしい。この状況が続けば人手も少なくなるし、何かを起こすにも障害となる。俺らにとっては恵みの雨になるかもしれない。」
「どれだけ続く予報ですか。」
「一応夜には収まる予報や。けど今後線状降水帯が発生すると災害になるかもしれん。」
「線状降水帯?」
「知らんか。」
「はい。」
「なんか次から次と雨雲ができて、集中的に豪雨をもたらすやつ。俺が話すよりもネットか何かで情報を得てくれ。その方が正確や。あぁ今は駄目やぞ、運転中やしな。ちゃんと帰ってから調べるんや。」
「わかりました。ところで百目鬼さんは。」
「理事官は所用で席を外しとる。」
「所用とは?」
片倉は言葉を飲み込んだ。
「どうしました。」
「あ、いや。」
「隠し事は無しですよ。自分はあなたらのことを把握している必要があります。なにせ私が頭であなたらが手足なんですから。」
「…。」
「なにがあったんですか。」
「マクシーミリアン・ベネシュ。」
「…マクシーミリアン・ベネシュ。」
椎名の反応に間があった。
「知ってるか。」
「はい。」
「関係あんのか。今回のテロ事件に。」
「いいえ。関係があるはずがないです。」
「なんで?」
「今回のテロ事件はオフラーナである自分