A podcast for intermediate to advanced Japanese learners. Classic Japanese stories narrated in natural Japanese to boost listening and comprehension. All transcripts are in the episode descriptions as a link and as plain text. Support this podcast: https://podcasters.spotify.com/pod/show/japaneselisteningpodcast/support
巌いわが屏風びょうぶのように立っている。登山をする人が、始めて深山薄雪草みやまうすゆきそうの白い花を見付けて喜ぶのは、ここの谷間である。フランツはいつもここへ来てハルロオと呼ぶ。
麻のようなブロンドな頭を振り立って、どうかしたら羅馬ロオマ法皇の宮廷へでも生捕いけどられて行きそうな高音でハルロオと呼ぶのである。
呼んでしまってじいっとして待っている。
暫しばらくすると、大きい鈍いコントルバスのような声でハルロオと答える。
これが木精こだまである。
フランツはなんにも知らない。ただ暖かい野の朝、雲雀ひばりが飛び立って鳴くように、冷たい草叢くさむらの夕ゆうべ、こおろぎが忍びやかに鳴く...
Published 06/04/20
変心(二)
田島は、泣きべその顔になる。思えば、思うほど、自分ひとりの力では、到底、処理の仕様が無い。金ですむ事なら、わけないけれども、女たちが、それだけで引下るようにも思えない。
「いま考えると、まるで僕は狂っていたみたいなんですよ。とんでもなく、手をひろげすぎて、……」
この初老の不良文士にすべて打ち明け、相談してみようかしらと、ふと思う。
「案外、殊勝しゅしょうな事を言いやがる。もっとも、多情な奴に限って奇妙にいやらしいくらい道徳におびえて、そこがまた、女に好かれる所以ゆえんでもあるのだがね。男振りがよくて、金があって、若くて、おまけに道徳的で優しいと来たら、そりゃ、もてるよ。...
Published 05/18/20
文壇の、或ある老大家が亡なくなって、その告別式の終り頃から、雨が降りはじめた。早春の雨である。
その帰り、二人の男が相合傘あいあいがさで歩いている。いずれも、その逝去せいきょした老大家には、お義理一ぺん、話題は、女に就ついての、極きわめて不きんしんな事。紋服の初老の大男は、文士。それよりずっと若いロイド眼鏡めがね、縞しまズボンの好男子は、編集者。
「あいつも、」と文士は言う。「女が好きだったらしいな。お前も、そろそろ年貢ねんぐのおさめ時じゃねえのか。やつれたぜ。」
「全部、やめるつもりでいるんです。」
その編集者は、顔を赤くして答える。
この文士、ひどく露骨で、下品な口をきくので...
Published 05/04/20