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「これからは、この博多で、自分の人生を歩いて行こうと思うんだ」「そう。よかったやんね!」「これからは、俺も、博多弁を使わなくっちゃな」かなめは、つないだ手を離し、展望デッキの端まで歩いた。目の前には、福博の街が広がっている。様々な思いが交錯する。これから福博の街は、どんな発展を遂げるのだろうか……。そして、かなめと博の未来は?博に、最初に使ってほしい博多弁……。やっぱり、あの言葉だ。振り返ったかなめは、一つ深呼吸をして、思いを込めて告げた。
Published 12/17/21
「……報告することがあるんだ」博の言葉を、かなめは心地よく、心の中にこだまさせた。「このプロジェクトをきっかけに、福岡や九州とのつながりが強くなったから、事務所としても、この九州地区でのプロジェクトを、重点的に扱うことになったんだ。それで……」博が、つないだ手に力を込めた。その手が、少し汗ばんでいるのがわかる。「博多支所を作ることになったんだ」どうやら、会長さんが「博から報告させる」と言ったことは、これのようだ。「それじゃあ、これからもずっと、博多に?」博が頷いた。雲間から光が差し込み、博はまぶしそうに目を細めた。その瞳は、中学生の頃の、かなめの憧れだった博の姿を確かにとどめていた。「これからは、この博多で、自分の人生を歩いて行こうと思うんだ」
Published 12/17/21
「それじゃあ、もしかしてマイヅル様って、この福博の街ばつくった、福岡藩の……?」「駅長に矢を放った時、マイヅル様は、水牛みたいな巨大な角の兜をかぶった鎧姿だったろう? あれこそまさに、戦国の世を戦い抜いた福岡藩の初代藩主、長政公の鎧兜姿なんだ」「初代藩主の黒田長政公か……。」「きっとマイヅル様は、長政公だったころからずっと、福博の融和と発展を裏で支え、見守る人だったんだろうな」マイヅル様も、今は心穏やかに、この福博の街を見守っているのだろうか。「福岡と博多の街の間を流れる那珂川に二つしか橋を架けないで、枡形門をつくったのも、街を分断するためじゃない。博多の昔ながらの文化を守るためだったんじゃないのかな」「今も、この福博の街ば守ってくれとるとやか?」並んで立ち、どちらからともなく、手を握り合った。もうマイヅル様の声は聞こえてこない。だけど、どこからか見守っているマイヅル様のあたたかさを、確かに感じた。
Published 12/17/21
かなめは博多の街が好きだ。だけど、その「好き」は、「羽片世界」とかかわってから、少し違ってきた。それは、誰かを「好き」になることと一緒なのかもしれない。うわべだけの「好き」じゃなく、長い時間をかけて寄り添い合って、「好き」を一緒に作っていくことが必要なんだ。一緒に「好き」を作って行く人……。「かなめ、やっぱりここにいたんだ?」ようやく取材攻勢から解放されたらしい博が、駆け上がってきた。思っていた顔が目の前に現れて、少し狼狽してしまった。「博君、うまくいったね」「マイヅル様との約束だったからな」「そうやね。でも、マイヅル様って結局、どんな存在やったとやか?」「福岡城は、昔は舞鶴城って言われていたんだよ」「それじゃあ、もしかしてマイヅル様って、この福博の街ばつくった、福岡藩の……?」
Published 12/17/21
山王公園といえば、住吉神社と旧博多驛と共に、博多駅を守り続けていた「三角形」の一画だ。もしかしてまた、博多市の怨念が動き出したんじゃ……。「山王公園に日吉神社のあろうが? ずっと曲がって建っとった境内の手水舎が、急にまっすぐに立ったとげなたい。そいけん、見物に行ってくるとたい」「え? 手水舎が、まっすぐに……?」「そげんたい。こないだまで、いくら直そうとしても斜めになってしもうとったとに、急にまっすぐになってしもうたとよ」手水舎が曲がっていたのは、博多駅を守る三角形の結界の「磁場」の影響だった。怨念が生み出されなくなり、怨念から博多駅を守るという役割が必要なくなったことで、歪みが解消されのだろう。式典会場を離れ、かなめは大博通りに出た。駅まで歩き、駅ビルの屋上に行ってみる。「驛長さん……、やなかった、今は鉄道神社の神様やったね」かつて「驛長」と呼ばれた存在が、今はこの博多駅を守る存在になった。怨念に突き動かされて歪んだ方向に向かっていたとはいえ、その博多駅を愛する心は本物だった。驛長が鉄道神社の守り神になったことで、今の博多駅も安泰だろう。
Published 12/14/21
「公園プロジェクトは成功し、あの時計と共に、彼の人生の本当の時が、この公園から刻みだしたようですね」三人で、公園のシンボルの時計台が時を刻むのを見上げた。「そうたい、あんた、博さんがね……」勢い込んで口にしたおばあちゃんに、会長さんは、イタズラっぽく口に人差し指をあてた。「いや……、本人に直接報告させた方がいいでしょうな」会長さんとおばあちゃんは、何かを企むように笑い合った。「かなめさん。夜のパーティまで時間がありますから、少し、おばあさまをお借りしますよ」なんだか、おばあちゃんの表情が、いつもよりいきいきしている。「おばあちゃん、どこにお連れすると?」「山王公園たい」「ああ、お花見ね。桜も見頃やろうしね」「お花見もばってん、あんた知らんとね。こないだから、さっぱそうらんの大騒ぎになっとるとに」「え……何があったと?」
Published 12/14/21
「あら、かなめ。あんた、ここにおったとね」おばあちゃんに呼び止められた。その横には、おばあちゃんより少し年上らしい男性。「ほら、かなめ、挨拶せんね。博さんのデザイン事務所の会長さんたい」博を博多に送り出した人物。そして、おじいちゃんが亡くなった後に、おばあちゃんを影で支えていたって人だ。「かなめさん、今回の公園プロジェクトの件では、お世話になりましたね」「あの……、博君を、博多に出向させる決定をしたのって、会長さんなんですよね? いったい、どうして?」「彼が青春時代を博多で過ごしたのは、履歴書で知っていましたが、なぜかかたくなに、博多での過去を語ろうとしませんでしたのでね。何か、トラウマを抱えているのでは……とは思っていたのですよ」かなめは黙って頷いた。まさかその「トラウマ」を、自分が産み付けただなんて、とてもじゃないけど言えなかった。「だからこそ、敢えて彼が向き合うのを避けていた博多に、私の一存で送り込んだのです。それで、おばあさまに、様子を見てもらえるようにお願いしていたんですよ。そうしたら偶然にも、お孫さんが同級生だったというじゃないですか」
Published 12/14/21
まさに、博多の新しいランドマークとして、博の公園は完成していた。だけどこの公園は、かなめと博にとっては、マイヅル様と約束した、福博の「融和」を象徴する場でもあった。「この場所から人は、希望と共に旅立ち、そして、多くの旅人たちを迎えました。この博多、そして福岡が発展する上において、かけがえのない場所だったのです。ですがそこには、たった一つの碑があるだけで、顧みられることもありませんでした。それは、あまりにも寂しいことだと思いませんか?」「その記憶を継承してゆくための象徴となるのが、この時計台です」ベールがはがされ、公園のシンボルの時計台が、姿を現わした。「この時計は、ビル工事の過程で発掘された、明治の頃の初代博多驛の改札口にあったものです」「土の中で百年以上眠り続けていた時計は、修復されて昔の姿を取り戻し、今の時を刻みだしました」この公園が、新たな「博多市の怨念」の「封じ」の拠点となったことは、かなめと博だけが知っている秘密だった。
Published 12/14/21
「あれから、もう二年も経ったとたいねぇ……」かなめは、そう独り言をもらした。かつて、旧博多驛があった公園だ。二年前のどんたくの日、博多市の怨念によって、ここに初代の博多驛の姿が出現した……。そんな過去など無かったことのように、今は、昔とは様変わりした姿だった。今日は、博がデザインした「立体公園」を含めた再開発ビルのお披露目の日だ。公園の芝生広場に来賓や関係者が居並び、記念式典が開催されていた。「それでは、九州では初の立体公園をデザインされた新進気鋭のデザイナー、綱木博さんにご挨拶いただきましょう!」RKBテレビの人気女性アナウンサーの司会者に促され、壇上に立つ博は晴れがましそうだ「この公園は、立体公園という特性を活かし、過去、現在、未来の博多が融合する場として、表現されています」博多駅が沈没しかけた、あの「さっぱそうらん」の大騒動が終わってから、博のデザインコンセプトは、委員たちの賛同を得て、最終案として結実した。スロープでなだらかに連なった三層構造の公園だ。まさに、博多の新しいランドマークとして、博の公園は完成していた。だけどこの公園は、かなめと博にとっては、マイヅル様と約束し...
Published 12/14/21
「私も昔は、あんたたちのごと、この福博の町に生きとった人間の一人やったとたい」マイヅル様は、遠い昔を振り返るように、目を細めた。「私の今生での役目は、福博の町の融和と発展ば見届けることやった。ばってん、私は志半ばで生ば終えることになったとたい」「そうやったとですか……」「私の心残りば、博多の神さんたちは、わかってくれとらっしゃった。私は死後も福博の守り神のマイヅル様として、この福博の町ば見守る存在になったとたい」「私の存在が消えてしまうかもしれん事態やったが、結果的に、博とかなめのおかげで、長きにわたる博多市の怨念との戦いに、終止符ば打つことができるとかもしれんな」マイヅル様は、長い長い時を振り返るようだ。「かなめと博よ。お前たちが心から信頼しあって手ばつないでくれたけん、力ば取り戻すことができたとばい。これからも、そげんして手ばつないで、博多の街ば歩いてくれんね」かなめは博と頷き合って手をつないだ。
Published 12/10/21
「驛長……。あんたはもう、この場所にはおられんばい」「わかっています。どんな咎めも受けます」「マイヅル様、驛長さんは怨念に操られとったとよ。咎めやら……」かなめが取り成そうとしたが、マイヅル様は頑固に首を振った。「うんにゃ。たとえ操られとったにせよ、博多の街ば壊滅させようとした罪は重かばい。驛長という存在は、私が今日限りで消し去ってしまうばい」「マイヅル様、そんな!」かなめが叫ぶと、マイヅル様は、への字の唇を無理に持ち上げるようにして、微笑みを浮かべた。「大変やのう。これからあんたが、新しか博多駅ば守ってやらんといかんとやけんな」思いがけない言葉に、駅長が驚いた顔を上げた。「駅ビルに祀られとる鉄道神社は、新駅ビル誕生を機に、住吉神社から分社されたもんやけん、歴史も浅かし、力も弱かとたい。驛長……。あんたが新たに、この鉄道神社の守り神になるこつで、博多駅ば守る力も強まって、怨念ば寄せ付けることもなくなるやろうたい」
Published 12/10/21
人間たちが、「博多駅を守る結界」など知りもせずに、柱を移動してしまったことから、駅を守る「三角形」が崩れてしまったのだ。「その影響ば、一番大きく受けたとが驛長ですたい。怨念が、驛長ば暴走させてしまったとですたい」「そいやったら、悪かとは驛長じゃなくって、博多市の怨念っちゅうこつか?」フクハクたちが、怒りの持って行き所を失ったように顔を見合わせた。「ちょっと待って! 博多市の怨念も、なりたくて怨念になりよるわけじゃなかとよ」「な、なんね、かなめさん、突然?」かなめと博は、明治の頃に時を遡って博多大水道を辿ったことで判明した過去について説明した。初代博多驛の時計が地下に封じられ、そのせいで「怨念」の時が止まってしまい、福博の今の発展を知らぬまま、怨念を放ち続けているのだと。「と言うことは、その時計ばどげんかせん限り、怨念はこれからも、生み出され続けるというこつか……」「いえ、マイヅル様。逆にこう考えましょう。その時計が再び動き出せば、怨念は消え去るんだって」「そりゃあ、そうばってん……。博さん、何か考えがあるとな?」「マイヅル様、怨念の行方については、僕に任せてもらえますか?」どうや...
Published 12/10/21
「私の心に、いつのまにか怨念が入り込んでいた……。そして私の心を鎧のように囲って、操るようになってしまったのです」それが本当なら、驛長は、いったいなぜ、操られたのだろうか。「私の話ば、聞いてもらえんですかな」一人の人物が、驛長の横に立った。ひょろりと背が高く、七福神の福禄寿を思わせる、仙人風の白髭を長く伸ばした老人だった。「あなたは、住吉さん……?」マイヅル様がつぶやいた。どうやらこの人物が、住吉神社の守り神の「住吉さん」のようだ。「マイヅル様、そしてフクハクたちも……。どうか、驛長を責めんどってくれんですか」「住吉さん……。あんたも、驛長におどされるごつして、博多駅沈没計画に加わったとやなかとな? どうして驛長ばかばうとな?」「許してくれんですか……。驛長も、そして私も、無意識のうちに、怨念に操られとったとですたい」「逆でしょうもん? 驛長が怨念ば操りよったとでしょうが?」住吉さんが首を振った。「原因は、人間たちが、今の博多駅ば守るための均衡ば破ってしもうたけんですたい」
Published 12/07/21
驛長に突き刺さった逆矢は、驛長の体を貫いて飛び去っていった。本来の「矢」の収められる、住吉神社に戻ってゆくようだ。逆矢を返された驛長は、力を失ってその場にうずくまった。博多市の怨念によって守られていた博多驛だ。その守りの怨念を失えば、驛はもう、砂上の楼閣のようなものだ。偉容を誇っていた驛は、砂のようにグズグズと崩れ去り、そして消滅した。そこは、ただの「公園」に戻っていた。怨念が作り上げた旧博多驛はすべて消え去り、ただ驛長だけが残されていた。「驛長……。たいへんなことば、しでかしてくれたな」さすがにマイヅル様の声も、怒気を含んでいた。十年近くの間、マイヅル様は力を奪われ、博多の街を危機にさらしていたのだから。驛長は肩を落とし、自らのやったことが信じられないとでもいうかのように、両手を見つめていた。「私は……、今まで、何ということを……」「なんば言いよるとか、今までさんざん、怨念ば使って、悪事ば働いてきたくせに」フクハクたちが、驛長につかみかからんばかりに詰め寄った。その怒りは当然だ。だが、かなめはどうしても、驛長の態度が、騙そうとしているようには思えなかった。「ちょっと待って、フク...
Published 12/07/21
「ホームの柱が保存されていた住吉神社、駅舎の柱が保存された山王公園の日吉神社、そして、この旧博多驛。この3つで囲まれた三角形のなかに、今の博多駅は、すっぽりと包まれとるとです」言われてみれば、確かにその三ヶ所は博多駅を中心に、三方向、同じくらいの距離にある。「駅が新しか場所にできたら、怨念の悪意が新しか駅に向かうとは目に見えとりました。そいけん、その三角形で博多駅ば守って、怨念ば寄せつけんやったとです」つまり、その三角形が「結界」の役割を果たしていたのだ。「そいばってん、人間たちが、私が保管していた柱を勝手に移動したことから、この騒動が始まったとですたい」人間たちが、「博多駅を守る結界」など知りもせずに、柱を移動してしまったことから、駅を守る「三角形」が崩れてしまったのだ。「その影響ば、一番大きく受けたとが驛長ですたい。怨念が、驛長ば暴走させてしまったとですたい」「驛長も、博多市の怨念の被害者の一人だったということか……」博が、溜め息交じりにつぶやいた。
Published 12/07/21
旧博多驛の上空で、フクハクたちは抱えていたホームの柱を離した。三本の柱は、引き寄せられるように、ホームに向けて落下していった。矢のように進む柱が、怨念の透明な壁を突き破った。壁に亀裂が入り、そこからひび割れは放射状に広がっていった。「かなめと博よ、最後に、封鎖ば破ってくれんね。二人のつながりが本物やったら、できるはずたい」マイヅル様が、二人を試すように言った。かなめは博と手をつなぎ、その手を、封鎖の壁に向けた。亀裂が、驛を覆うドームいっぱいに広がり、次の瞬間、粉々になって割れた。「封鎖が、解けるぞ!」博多驛が、防御のない無防備な姿をさらした。マイヅル様は気合いを込めるように口を真一文字に結び、逆矢に手をかけた。くぐもったうめき声を発しながら、胸に刺さった矢を、少しずつ体から抜き出す。「驛長、逆矢ば、お返しするばい」マイヅル様は弓に逆矢をつがえて引き絞った。驛長に狙いを定め、矢を放つ。矢は驛長に向けてまっすぐに飛び、驛長の胸に突き刺さった。
Published 12/07/21
カタハネが、今までずっとつけていた、にわかのお面をはずした。「対」になって立ったカタハネとハンの者は、まったく同じ顔をしていた。対になったカタハネとハンの者の輪郭が、次第にぼやけてきた。そうして、二つの身体が重なり合い、ついには完全に一体となった。完全体の「フクハク」となったその背中には、一対の羽が完成していた。右側が「博多部」、そして左側が「福岡部」の町の形。いびつな羽ではあるが、フクハクたちは、ひさしぶりに両方揃った羽を、勇ましく揺らした。「そんなら、行くばい」そう言って、羽を大きくはためかせて、空へと舞い上がった。その姿は白く光り輝き、ほれぼれとするほど美しかった。すべてのフクハクが空を飛び、駅ビルの屋上に舞い降りた。三本の「ホームの柱」を抱えて飛び立つ。「私らも旧博多驛さん行くばい、驛長と決着ばつけんなならん」マイヅル様と共に、決戦の地へと向かった。
Published 12/07/21
「たどり着いたぞ!」傘鉾を閉じる。現代に戻ったそこはまさに、鏡天満宮のすぐそばだった。二人で神社の社に駆け寄った。扉を開けて、祀ってある古い鏡を手にする。「よし、このまま櫛田神社まで行って、雷神に光をあてよう」雷が、二人を直撃する。だが、マイヅル様の力が分厚いバリアーとなって跳ね返し、雷は二人に何の痛痒も与えなかった。二人はマイヅル様の待つ櫛田神社に戻った。「博とかなめよ。心が通じ合ったごたるな」マイヅル様が、二人の姿に大きく頷いた。手を携えて、鏡を空へと向ける。マイヅル様の力を借りて、光が夜空にほとばしった。「見て、博君、雲が……」雷を呼んだ雲が薄れてゆく。やがて、星の瞬く夜空が現れた。「さあ、カタハネとハンの者たち。今度は、あんたたちの番ばい!」かなめが発破をかける。カタハネとハンの者は、その「対」ごとに頷き合った。カタハネが、今までずっとつけていた、にわかのお面をはずした。「あんたたち……」
Published 12/03/21
今の福博の町の発展も融和も知らず、百年以上前の「怨念」を抱え込まされた、「止まった時計」が、怨念の発生源だったとは……。「博君、今の福博の発展した姿ば、心に思い浮かべて」「止まった時計に見せてやるんだな。わかった」百年以上の時の流れ……。その間に、福博の街には発展と、いくつもの苦難が訪れた。大戦での空襲によって、福博の街は灰燼と化した。それでも福博の人々は希望を失わず、一から街を作り直したのだ。今では博多と福岡は、時に競い合い、時に協力し合う、格好のライバル同志だ。福博の街の発展と融和は、まるで、かなめと博みたいだ。反発しあいつつも、互いの「違う面」があるからこそ、助け合い、互いを認め合うことができるんだ。福博の離反を、自分たち二人の心の離反と結びつき、かなめと博は、怨念とともに、明治からの博多の発展の道を歩き続けた。やがて……。向かう先に、ぼんやりと明かりが見えてきた。博多大水道の、もう一つの出口だった。「たどり着いたぞ!」
Published 12/03/21
「ねえ、博君、怨念に意識を集中して」「え? どういうことだ?」「怨念が、何か伝えてきよるとが、わからん?」二人で目をつぶって、周囲に渦巻く怨念の「伝えるもの」と向き合った。「時計……、止まった時計?」そのイメージは、かなめの心の中に、ありありと浮かんだ。「これは、昔の駅の……改札口みたいだな」博もまた、かなめと同じ光景が見えているようだ。「それじゃあ、訴えかけよるとは、昔の博多驛の改札口にあった時計ってことね?」明治の頃、博多市にするか福岡市にするかで騒動が生まれ、その帰結として生み出されたのが、博多驛であり、博多市の怨念だ。時計は、「時が止まった」時の事を克明に記憶していた。「初代の博多驛は明治の終わりの頃に取り壊された……。その時に、時計は当時の駅長の手によって、駅の地下深くに埋められたんだな。博多驛は、博多市が実現しなかった代償として生み出された……。驛の象徴でもある時計には、驛に込められた『博多市』の悲願が込められてしまったんだ」「それじゃあ、博多市の怨念は、時間が止まったままの時計のせいで、いつまでも発生し続けよるっていうとね?」
Published 12/03/21
「俺も、正直にならなくっちゃな……」博はそう言って、つないだ手に力をこめた。「中学生の頃、親の転勤で博多に住むことになって、自分なりに博多に溶け込もうと努力してきたんだ」「必死だったよ。過ごしてきた年月は、どうあがいても、追いつくことはできないしな。今思えば、覆せない差を、博多の知識っていう鎧をまとうことで、克服しようとしていたんだろうな」「そうやったとたいね……」つたない博多弁で、友人たちに馴染んでいたように見えていた博。心の内の葛藤を、かなめはどれだけわかってあげていただろうか。「かなめが手を振りほどいたのも、何か理由があるんだろうって、薄々は気付いていたんだ。だけど、それを深く考えると、自分の六年間が否定されてしまう気がして……。だから逆に、かなめも含めて博多すべてを否定して、嫌悪することで、心の均衡を保とうとしたんだと思う」そうして博の、博多の知識は人一倍持っているのに「博多嫌い」という、複雑な性格ができあがってしまったのだろう。九年前で止まったままだった時計が、動き出した気がした。
Published 12/03/21
「戦う相手のことまで考えてたら、こっちが自滅しちまうぞ」「でも、敵のことばよくわかっとかんなら、作戦の立てようもなかやないね」「足りない頭で作戦立てようったって、ろくな案は浮かばないだろう。いいから黙ってついて来いよ」売り言葉に買い言葉で、二人ともヒートアップしてきた。「なんねーっ!」「なんだよ!」傘鉾の中で睨み合う。だが、睨み合いはすぐに、以外な事態で幕を閉じた。「傘鉾が、どんどん縮んできよる!」「そうか……。俺たちは、信頼して手を握りあっているからこそ、マイヅル様の力を借りることができるんだ」深呼吸して、気分を落ち着かせる。二人は改めてつないだ手に力を込めた。マイヅル様から託された力が、つないだ手から、二人の身体に満ちた。「よし、これで、怨念なんか寄せ付けないぞ」博が意気込んだ。やっぱり、怨念は敵でしかないのだろうか?わだかまりを抱えたまま、博と共に歩き続ける。「おかしいな……。そろそろ、曲がり角にたどり着いてもいい頃なのにな……」「もう、一時間は歩きよるごたる気がするとに……」「もしかすると、怨念に、同じ場所ば堂々巡りさせられとるとかもしれんね」「そんな馬鹿な……」
Published 12/03/21
「ねえ、博君。どうして博多市の怨念は、いつまでも発生し続けるとやか?」「そりゃあ、博多市が実現しなかったからに決まってるだろう?」「でも、もう明治の頃から百年以上が経っとるとよ? 今は福博の争いもなくなって、分け隔て無く街は発展しとるとに、どうしていつまでも、怨念が生み出されるとやか?」「そう言われたら、そうだな……」そのうち、水道の中の水深は浅くなり、舟が底をこすりだした。博と共に舟を下り、膝近くまで水に没しながら、先へ進む。先を急ごうとする博だったが、かなめは、何かを感じて立ち止まった。「ねえ博君、博多市の怨念ば、敵って思ったらいかんよ」「はぁ? だって、博多市の怨念は、福岡市をむちゃくちゃにしようとしてる、テロ組織みたいなもんじゃないか」「ばってん……、立場も考え方も違うけど、怨念もずっと、博多の街ば守ろうとしよるっちゃない?」博はかなめの言葉を、鼻で嗤うようだった。「いいから黙ってついて来いよ」「なんねーっ!」「なんだよ!」傘鉾の中で睨み合う。だが、睨み合いはすぐに、以外な事態で幕を閉じた。「傘鉾が、どんどん縮んできよる!」
Published 11/30/21
「博君、博多大水道って、どこば流れとったと?」「片方の出口は、博多川の、西門橋の少し上流のあたりだな」「それで……、もう一つの出口は?」そう尋ねると、博はかなめを見つめ、にやりと笑った。「博多リバレインの真下だ」「それってつまり、鏡天満宮のすぐそばってことやんね!」マイヅル様に傘鉾を借りて、二人は承天寺に向けて走った。承天寺の境内を抜けて、御笠川の岸に降りる。「よし、傘鉾を開くぞ」傘鉾を開いて、中に入る。博と手をつなぐと、マイヅル様の力が伝わってきた。布張りの隙間から、外の世界を見渡す。「これって……」さっきまであったビルやマンションは姿を消し、周囲は木造の住宅ばかりになっていた。「これが、明治の頃の博多の街なんだな」川岸には、木舟が幾艘も舫われていた。そのうちの一艘を拝借し、川を下る。やがて、川の側面に、幅二メートルほどのトンネル状の空間が、口を広げた。「あれが博多大水道の入口だ」
Published 11/30/21